消えた少女
「おい、建物の中が明るいぞ」
「誰かいるのか?」
数人の足音が聞こえる。
早く燃やそうとして台所から持って来た油を羊皮紙にかける。そしてその羊皮紙を暖炉にかざした瞬間、暗闇の中で何かにつまづいた。魔法陣の中に飛び込むようにして、暖炉に倒れ込む。
「きゃあっ!」
何かに捕まろうとするように腕を伸ばしながら、マリポーザは真っ暗な濁流の中に飲み込まれた。深く深くどこまでも落ちていく。
(カルロスが言った通りだった)
マリポーザは薄れいく意識の中で思った。私が精霊使いになるなんて間違いだったのかな。村を出なかったら、こんなことにはならなかった。マエストロも私をかばわなければ、樹の下敷きにならなかったのに。
今さらどうにもならない過去の選択を後悔しながら、マリポーザは暗い闇へと落ちていった。
自室で深い眠りについていたフェリペが無理矢理起こされたのは、早朝のことだった。
「フェリペ様、部下の方がお見えになっております」
起こしに来た執事に返事をせず、フェリペは背を向けて羽毛枕に顔を埋める。
昨夜は伯爵夫人の誕生日パーティに出席し、自宅に戻って来たのは深夜過ぎ。まだ寝付いてからそんなに時間が経っていなかった。
「俺は今日休み……」
「マリポーザさんが消えたそうです」
「なんだって?」
その一言にフェリペは顔を上げた。
急いで軍服に着替えて居間に行くと、ジョルディとフェルナンド、そしてなぜかフアナもいた。
フアナは真っ白な顔をして椅子にぐったりと座っている。ジョルディは落ち着きなく居間をどかどかと歩き回り、フェルナンドは真っ青な顔をして、じっと何かを考え込んでいるようだった。
「あれ? フアナ、お前は行儀見習いで聖堂にいるはずだろ?」
「今朝まで大聖堂にいましたわ。でも宮殿中が騒がしいので、何事かしらと思っていましたら、フェルナンド様たちとお会いしましたの。お兄様に今から報告に行くということでしたので、一緒に馬車に乗せていただいたのよ」
「それで、マリポーザが消えたというのは?」
フェリペがジョルディとフェルナンドに問う。
「それが、牢屋から突然消えたって言うんですよ」
ジョルディは全く訳がわからない、といった途方に暮れた顔をしている。
フェルナンドが青ざめた顔をしながらも、いつも通りの冷静な口調で報告する。
「マリポーザがいなくなったことに牢屋番が気がついたのは、明け方近くです。研究所で不審火が昨夜未明にあったので、念のため牢を確認したところ、いなくなっていたとのことでした。宮殿の門番たちは、その時間誰も宮殿の敷地内から出ていないと言っています。もちろん街の外に出た形跡もありません」
「不審火?」
「はい、見回りの兵士が研究所内に明かりが灯っている事を発見しました。それで建物内に入ったところ、部屋の暖炉に火がくべてあり、何かが燃やされていたとのことです」
「誰かが部屋に入って暖をとった、ということか?」
「それが……油をかけて何かを燃やしたようで、通常よりも火の勢いが強く、暖炉の周りが少々焦げていたという話です。羊皮紙を燃やしたようですが、すでに灰になっているため、何を燃やしたのかは、はっきりとはわかっておりません」
「マリポーザがやったのか?」
フェリペが独りごちると、ほかの三人は誰となしに顔を見合わせた。
「マリポーザはどこに行ってしまったのかしら……」
フアナは震える手で顔を覆った。フェリペはその肩にそっと手を置いた。その様子を見ながらフェルナンドはフェリペに出立を促した。
「大佐がお呼びです。詳細はそこで」