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冬の帝国と精霊対話師  作者: アウグスト葉月
二章
23/68

被験者一号

「おい、利き手を出せ」

 アルトゥーロに言われるまま右手を出すと、アルトゥーロはマリポーザの右手に魔法陣を書き込んだ。

「なんですか、これ?」

 陽光に手をかざすと、魔法陣が手の上でキラキラと瞬く。


「持ってみろ」

 質問に答えず、アルトゥーロは先程の透明な辞書を指差す。恐る恐る右手を伸ばすと、本を掴むことができた。

「触れる! この魔法陣の効果ですか?」

「左手で持ってみろ」

 マリポーザは右手から左手に本を渡そうとする。しかし、本は左手をすり抜け、床に落ちた。

「効果は、その魔法陣が書いてある右手だけだ。ほかは触れない」

 アルトゥーロは床から辞書を拾い上げ、胸の内ポケットにしまった。


「俺はいつも辞書をここに入れている。俺に何かあった時は、ここから持ち出せ。お前がこの辞書を守るんだ」

 アルトゥーロは真剣な目で、内ポケットを指差した。マリポーザが頷くと、アルトゥーロはふっと笑みを浮かべた。

「まあ、お前にこの辞書を渡すのは、もっとずっと先だろうがな。

 お前の右手に描いた魔法陣は、精霊界に人間を送ることができる効果がある。これをもっと大きな紙に描き、その真ん中に人間を配置すれば、その人間を丸ごと精霊界に送ることも可能だ」

「ええ!? 精霊界に行けるんですか? 行ったらどうなるんですか?」

「わからん」

「え?」

「精霊界に送る魔法陣は知っているが、人間界に戻ってくる魔法陣はない。少なくとも俺は知らない。だから、まだ精霊界に人間を送る実験はしたことがない。

 お前の右手に今描いたのが、この魔法陣の実験の第一回目だ。喜べ! お前は人類初の被験者だぞ!」


 喜色満面のアルトゥーロに、マリポーザは顔を引きつらせた。

「私が、初の、被験者ですか?」

「そうだ!」

「それって、失敗する可能性もあったってことですよね!? ていうか、本人に許可を取らないで、何で勝手に人類初の被験者にしちゃうんですか!」

「失敗したら、手に描いてある魔法陣を消せばいいだけじゃないか」

 あっさりというアルトゥーロにマリポーザは肩を落とす。

「その魔法陣は、前回の旅の僻地で見つけたものだ。良いタイミングで弟子も見つかったし、これからもっと新しい実験ができるな……」

 アルトゥーロは低い声で不気味に笑っていたが、すぐに笑みを引っ込めた。

「だが、この話はまだ誰にも言うな。皇帝にもだ」

「なぜですか?」

 精霊術の研究はインヴィエルノ帝国の極秘事項とされている。皇帝が許可した情報以外は、部外者への口外を固く禁じられていた。もし秘密を漏らせば本人はもちろん、家族にまで処罰がおよぶ。そのためマリポーザは、精霊術の研究で知ったことを家族やフアナに話すことは一切なかった。


 しかし一番に報告すべき皇帝にまで言うな、というのはおかしい。マリポーザの腑に落ちない表情を見て、アルトゥーロは厳しい口調で続ける。

「この魔法陣が世界に与える影響がどれほどなのか、わからないからだ。

 本来は精霊と人間は影響しあわないようにできている。それがこの世界の理だ。だがこの魔法陣を使うと、簡単に人間を精霊界に送ることができる。これは、世界の理を書き換えるにも等しいのかもしれん。

 使いようによっては、この魔法陣は非常に危険なものになる可能性がある」

「人間が精霊界に行ったら、どうなるのでしょう?」

「これは仮説だが、たぶん精霊と同じように、ほかの人間には見えなくなるんじゃないのか? 自分からはほかの人間が見えず、ほかの人間にも自分が見えず、死ぬまで一人でこの世界をさまよい続けるのかもな」

 マリポーザは背筋がぞっとするのを感じた。

「そんな……」


「だからこの魔法陣を人間に使うことは決してするな。研究をするために大きな魔法陣もあるが、中には入るなよ。戻ってこれなくなるぞ」

「そんな危険な物、すぐに破棄してくださいよ!」

「何を言う。これは世界を変える発見だぞ。お前はそれでも学者のはしくれか? 無限の可能性を秘めた魔法陣を目の前にして、研究しないなど正気ではないな」

 真顔で真理の探究について語りだすアルトゥーロを見ながら、マリポーザは密かに決意した。大きな魔法陣を見かけたら、今後、絶対に近寄らないようにしよう、と。

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