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献身  作者: 北西みなみ
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「ねぇ、今回のお相手の人って、どんな人だったの?」


私の質問に、男の動きがぴたっと止まる。今まで私が失恋相手について聞いたことがなかったせいだろう。


戸惑うように私を恐る恐る抱きしめた男が、か弱い声で囁く。


「どうして?」


「聞いちゃいけない?」


質問返しに質問返し。とはいえ、この質問は少々意地悪だった。だって現在進行形で私に迷惑を掛けていると認識している男が、その原因について聞いちゃ駄目なんて言えるはずがないのだ。


「いけなくはないけど……」


そのまま言葉に詰まり、私の胸に頭をうずめてしまう男。普段なら、言いたくない男の気持ちを尊重して前言撤回するところだが、生憎と今回はそうする気はなかった。


「ねぇ、教えて? どんな人を好きになったの?」


重ねて聞くも返事はなく、ただ私を抱く腕の力が増すばかり。


私は男を無理矢理引き剥がし、両手で頬を挟んで視線を合わせた。


「ねぇ、ちゃんとした恋、してる?」


「え……?」


心配だった。


今まで失恋を慰めるのにどんなに少なくとも数ヶ月は経っていた。男だって別にのべつ幕なし好きになっているわけではない。さみしんぼで恋多き男ではあるけれど、自分がマイノリティであることは理解している。望みなき恋に自棄になるほど愚かではないのだ。


少しくらい好きになっても相手に知られる前にひっそりと手折られる想いも多く、その際の私の役割はちょっとした愚痴を聞く程度。男が自棄になるのは相手の態度でよほど期待を持ってしまった場合や、無理と知りつつも抑えられないほど好きになって失恋した場合のみ。


それなのに最近は数週間。今回はまだ二週間経ってないのにやってくるなんて、到底普通の状態とは思えない。


「ここ一連の相手って、同じ人、とか言わないよね?」


例えば。例えば、だ。好きになった相手が悪い人だったら? 男に好かれているのをいいことに、期待持たせるだけ持たせて男を操り、用が済んだら捨てるようなやつなんだとしたら?


そうして、またやらせたいことが出来るといけしゃあしゃあと近付いて来るんだとしたら。自分を愛してくれることはないと分かっていても、それでも逃れられないほど好きになってしまったのだとしたら。


しょっちゅう襲いくる後悔と諦めきれない恋心の狭間に揺れているのだとしたら、この不安定さも説明がつく。そして自分自身が私を利用していることに対しての過剰な罪悪感も。


だとすると今男が一番恐れているのは、私に正論を説かれることだろう。そんな相手不毛だ、諦めろ、と。他の人間になら、そんなの自分の勝手だと言い返すことも出来るが、私にだけは言えない。私に「それなら私を巻き込むな」と言う正当な権利がある限り。


私に縋ることで平静を得ている男としては、それはもはや死刑宣告に近い心持ちであることは想像に難くない。逃げ出したいであろう気分の男を追い詰めるような真似は本当はしたくないのだが。


それでも、聞いておきたかった。男が破滅と分かっている道に進もうとしているのなら、私だって決断をしなければならない。即ち共に堕ちるか切り捨てるか、だ。


それだけの覚悟で聞いてみたわけだが、私が言葉を発した瞬間、男ががくがくと震え始めた。


「お、俺……、俺、は……」


真っ青な顔で言葉を探すように、口をはくはくとさせる男。その表情を見て答えはすんなり決まった。いや、考えるまでもなく既に決まっていたのかもしれない。私の心のどこを探しても、男を見捨てるという選択肢が存在していないのだから。結局、私は男にとことん甘いのだ。


私は、男の頭をぎゅっと抱きこむと、宥めるように撫でた。


「いいよ。貴方が本当に望むなら。私はいつだってどこへだって付き合うから。気が済むまで好きにしていいんだよ」


ひくりとしゃくりあげた声はやがて号泣となり、私は泣きつかれた男に抱きつかれたまま眠りについたのだった。

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