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献身  作者: 北西みなみ
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4

泣いて愚痴って酔っ払う。そうして最後に、ままならない想いをすべて私にぶつけるかのように抱く。


私に相手がいない間限定で許しているこの関係だが、正直よく分からない。


男はどんなに振られても、好きになるのは男性で。あいも変わらず女は全て視界に入れるのも苦痛なくらいに嫌っている。


柔らかな二つの脂肪だって嫌悪の対象であるはずなのに、私のそれはクッションとでも間違われているのだろうか。


因みに私に胸がないということはない。そこまで大きくもないがないという程小さくもない。決して強がりではなく事実である。そこは私の名誉のために明言させてほしい。Cは小さくないんだ。


いけない、つい熱くなってしまった。話を続けよう。


生憎と私の経験全ては男とであるため、毎度行われるそれが上手いのか下手なのかとか、そういうのは分からない。ただ、毎回動けないほど疲れるので、多分激しいんだとは思うのだけど。それでも私が嫌だと思わないのは、私が泣いてる男にとことん弱いせいなのかもしれない。「一生絶交」が私の必殺技なら、男の必殺技は涙だ。


目に一杯の涙を溜めている男を見ると、それを止めるためなら何でもしていい気分になる。よって、私としては特に義理立てする相手もいない自分を使って男が泣き止むなら、別にどんどん使ってくれても構わないのだ。



だが。


「嫌わないで」


「勿論」


「君まで行ってしまわないで」


「ここにいるよ」


「好きだよ。恋愛じゃないけど大切なんだ」


「十分分かってる。私も同じだって知ってるでしょ?」


私の意思を無視して身体を奪うことに罪悪感と嫌悪感を覚える男は、毎回我に返ると震えて縋りつく。大丈夫だといっているのに。この時間はちょっと鬱陶しい。


罪悪感を持たせないためには、ことに及ばないようにすればばいいのだが、恋に泣く男は自分の感情の高ぶりを抑えられないし、私が拒否しようとすれば存在を拒絶されたと絶望してしまう。


結局は私自身が納得して受け入れてるんだというのを全面に押し出すしかない。いっそ好きな人がいない期間に私から押し倒して、行為を私も望んでるんだという形にするのはどうかと思ったのだが、正気の男に私は抱けなかった。私の望みなら、と叶えてくれようとした男だったが、まるで触るだけでも死ぬ猛毒を触るかのような覚悟で震えながら近付こうとする姿に、そのまま続けさせることは出来なかったのだ。


もういっそ失恋時は会わないようにしようかと思ったんだけれど、それも無理なのだ。


以前、偶然私が数日出かけていた時に男が失恋したことがあった。


男は呼べども呼べども返事しない私に半狂乱になって名を呼びながらモニターを叩き続けたらしい。マンションのコンシェルジェによって取り押さえられた男は私を求めるばかりで質問には黙秘を貫き、ストーカーと間違われて捕まっていた。


夕方何も知らずに疲れて戻ってきた私は、ストーカーが捕まったと知らされるわ、特徴聞いたら明らかに心当たりある人間だわ、慌てて駆けつけた私を見た瞬間駆け出そうと暴れる男と留めようとする警察の攻防に驚かされるわ、焦りと疲労で判断能力がおねむしてたせいで、警察署内で皆に聞こえるくらいの声で「喧嘩やめ! 大人しく座らなきゃ一生絶交!」と叫んで見事男を止めて周りに拍手されるわ、さっさと家に連れ帰ろうとしたのにべたりとくっついて動けなくってタクシー呼んでもらう羽目になるわ、タクシーがなかなか来なくて周囲の生ぬるい視線が突き刺さりまくるわで、本当に散々だった。


その上疲れてお腹もすきまくってたのに、無事食事にありつけたのは次の日の朝。空腹で目が回る私はベッドから離れられず、おろおろするだけの実は結構器用に何でも出来る男に指示を出して調理させ、雛鳥よろしく口を開けるだけで食べられる状態に。


食べた後はそのまま寝ちゃってて、起きたらでっかい引っ付き虫が私を動けぬようホールドしていたため、体がばりんばりんに固まっていたし、その後も自分を捨てないでと泣きながら解放しようとしない男を宥めるのに一日を要した。


それ以来、私は出かける時はいつも男に連絡するようになった。振られた男が私に事前に連絡入れられるとは思えなかったし、また警察のお世話になるのもごめんだ。


大体、折角失恋の憂さは晴らしたのに、罪悪感で死にそうな男を見なきゃなんないなんて一体どんな拷問なんだ。


私は本当に気にしていないので口を酸っぱくして言い続けているのだが、生憎効果はない。それどころか、最近は失恋による感情の発露よりその後の私にそっぽ向かれることの恐怖心を宥めることの方により時間がかかっているような。いじめか、私に対するいじめなのか。


「この頑固者」


私は眠る男の旋毛をぐりぐり押しながら呟いた。


「好きって信じなさいっての」


大体、本人がこれだけいってるのに何故そこまで頑なに信じないのか。


まぁ、確かに一般論でいえばとんでもない話ではある。恋人でもない男が、自分のやりきれない感情をどうにかするためだけに女の意思を考えずに抱くなんて。


これが他人の話なら私だって憤慨しただろう。女を何だと思ってるんだ、と。例え女本人がそれでいいと言っていたって、そういう問題じゃない、もっと自分を大事にしろ、と忠告するに違いない。けれど、それが見知らぬ他人ではなく自分と男の話であるというだけで、話はがらっと変わってしまう。


だって、こいつは私が死ぬ気で嫌がっていたら、たとえどんな状態であろうと立ち止まる。それなのに、毎回自分を抑えられずにこの状態になっているということは、そういうことなのだ。


私が自分を大事にしていないということはない。男以外の人間が同じことしようとしたら何が何でも抵抗する。例え力及ばず悲惨な結果になっても、最後まで諦めたりせずに抗うだろうし、泣き寝入りなんてしない。絶対に訴える。


私は男の暴力に屈しているのではない。諦めてもいない。むしろ男が早く立ち直れるよう、一緒に戦っているのだ。男が私で立ち直るなら、それはむしろ大歓迎なのだ。つまり、きちんと合意の上の関係なのである。



これだけの努力をしている私に少しは報いようと、さらっと押し倒して、すっと立ち直って、笑顔でまたね、と去っていってくれてもいいのに。


「あんまり信じないと、その内愛想尽かしちゃうんだから」


言った途端、ぴくりと動いた塊には気付かない振りをしておいた。

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