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次の日の朝。目を覚ますと、目の前にいたのは、これでもかと顔を青くさせた幼馴染。
まぁ、仕方がない。泥酔した挙句、男性しか愛せないはずの自分が女と一線越えちゃってたとか、それが合意ではなく無理矢理だったとか、そんな仕打ちをした対象が誰あろう自分が唯一親愛の情を持っていたはずの私だったとか、そういった諸々が男を打ちのめしているのだろう。
シーツに散る鮮血の跡ももしかしたらその一因かもしれない。
「お、俺……。あ……、」
私の視線を受け、まるで化け物ににらまれたかのようにがたがた震える男。これではまるで、男の方が私に襲われたヒロインのようではないか。
今は衝撃過ぎて何も考えられなくなっているようだが、これで少し思考能力が戻ってきたら、首でもつりかねないほど取り乱している。
私は重い上半身を起こし、男に言った。
「私の献身は無駄だったわけ?」
ねめつける様に言った言葉を、男は理解できなかったようだ。
「え?」
「だーかーらー。折角私が文字通り体を張って泣きわめくあんたを宥めたってのに、あんたはまさか、私なんて何の足しにもならないとか言うんじゃないでしょうね」
「あ、俺……、ご、ごめっ」
碌に言葉を紡ぐことも出来ないほど怯える男にイラつき、びしっと指を差す。
「あのねぇ! 確かに昨日は無理矢理だったけど、私はあんたが少しでも楽になるならまぁいっかって思って頑張って我慢したってのに、元気になるどころか死にそうなほど打ちひしがれるってどうなの? うら若い乙女の初めてをもらったんだから、少しは恐縮して気分上げたらどうなの!」
堂々とした宣言に、男はぽかんと口を開く。
「他の誰でも、私にこんな事したら即警察に電話する。だけど、あんたが元気になるなら特別に示談にしてやるから。仏のような幼馴染の優しさに免じてさっさと元気出しなさい」
「で、でも、俺……」
「デモもストもないの。他の女にやったら絶対無理だけど私だったからぎりぎりセーフってことで許してやるって言ってんだから、その無駄に整った顔さっさと直しなさい!」
言って、無理矢理口角をぎゅむっと上げさせる。思ったより頬の感触が面白くて、どこまで伸びるか限界を試そうとしていると、がばりと抱きしめられ、勢いついた体はそのままお布団に逆戻りした。
「亜美、亜美っ……! 俺、ごめ……っ」
「ごめんって言ったら一生絶交! 謝るくらいならありがたがれ!」
一瞬驚いた私だったが、嬉しくもない言葉が紡がれそうになったため、反射的に叫ぶ。
小さな頃から一度も負けたことのない必殺の台詞「一生絶交」に、男がぴたりと黙った。因みに、私が言われた場合は「そう、じゃあ絶交するしかないね。さよなら」と去っていくことが分かっているため、男自身が言った場合も男を必殺するという最強の呪文であったりする。
閑話休題。
必殺呪文を出したことにより、私の機嫌が底辺に近いことを理解した男は私を放すことも更に強く抱きこむことも出来ずに固まった。
「あ、あ、」
どうしていいか分からず絶望を顔に載せて泣く男に、大きくため息を吐く。
「まぁ私は相手がいないからまだだったってだけで、別に特別に守ってきたとかでもないんだし、今後そんな相手も現れそうにないんだから、別にいいのよ」
男は全く納得してくれてないようだが、私としては偽らざる本心である。
「そんなのより、あんたを正気に戻さないとって思っただけだから、碌に抵抗もしなかった相手がこの結果を構わないって言ってるのに気にしないの。ね?」
「あ、亜美、俺……」
「それとも何? 女じゃ何の慰めにもならなかった?」
「そんなことっ……!」
慌てて首を振る男の頬を挟み、きちんと眼を合わせる。
「なら、慰められたのに今にも死にそうな顔して私を化け物みたいな扱いするのやめてくれる? そんなのよりとびきりの笑顔で『昨日は良かったぜベイベー』くらい言って元気になってる方がよっぽど嬉しいんですけど?」
「き、昨日は良かったぜベイベー……」
「そこは、いやいや最高だったよ、くらいのおべっかはほしかったけど、まぁいっか」
「き、昨日は最高だった、よ、亜美……」
明らかに引きつれた笑顔で必死に言う男を一旦引き剥がし、おでこをゴツンとぶつける。
「それは光栄です」
そんな風にして、紛うことなき犯罪を被害者側が力技で握りつぶして以降。
男は振られると私の家にくるようになった。