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献身  作者: 北西みなみ
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「…………」


朝。さわやか、とはとてもいえない朝。けれど、とりあえず朝。


私は腹に巻きつく重みを刺激せぬよう、そおっと自身の身体をチェックする。


肩と首筋に噛み跡。それから腕に、……太もももか。ここは気をつけないと他人に見えるので今日は厚着だな、と算段する。昨日遠慮ない力で掴まれた手首も予想通り痣になっていた。それから……鬱血の跡はもう見なくてもいいか。とにかく数える気にもならないほどあるというのは分かった。


「失敗したなー」


思わず呟きつつ、寝てもなお引っ付き虫な男の髪を撫でる。ここで無理に引き剥がそうとしたり、ベッドから抜け出そうとしてはいけない。ちょっとくらいの空腹は我慢。トイレに行きたくなったら、男を起こす。流石にトイレの中まではついてきたことはない。ずっと扉越しに話しかけてないとならないが……。


けれど、それをせず男が気付かぬ内に勝手にいなくなった場合、錯乱した男に朝っぱらから貪られる羽目になる。いくら私が今日休みだと言っても、その一日全てを失恋男の涙拭きに費やすのはたまったものじゃない。


――ほんと、何でこんなことになっちゃってるのかなー。


私は、ひっそりとため息を吐いた。



私と男との付き合いは長い。具体的には幼稚園時代から。お隣に住み一緒に育った私達は、大きくなるにつれ、互いに恋愛感情が……とはならなかった。


何せ、この男、極度の女嫌いに成長した。


まぁ、それに関しては、同情しかない事件が存在しているため、仕方がない。それにより、私以外の全ての女を避けるようになってしまったのだが、それもまたやっぱり仕方がないことなのである。


そこまではまぁいいのだが、この男、恋愛対象を同性に抱くようになった。


所謂ゲイというやつである。


誰かを好きになると、相手にとことん尽くし、見事相手を射止められれば良いのだが、所詮は男。元々お仲間でもない限り、その恋は実る事はない。最初は友人同士のおふざけとして笑っている相手も、男が本気だと知ると真っ青になって去っていく。中には罵声を浴びせる人間もいる。


それを責める事はできない。私だって、普通に裸になったりする更衣室や温泉なんかに、自分を性的な目で見ている存在がいるのだと知ってしまったら。ある種のホラーに近いその状況に嫌悪を抱き、気持ち悪いと思ってしまうだろう。言われた相手がどれだけ傷付くかなんて、考えるだけのゆとりがなくたってしょうがない、と思う。


ただ時々、本当に時々。男にほだされ、プラトニックな仲なら、と努力しようとする人も現れる。けれど、あくまで友情の付き合いであり恋愛対象は女な人間と、いつか結ばれたい気持ちで仲を深めようとする男では目指す場所が違いすぎる。


結局、男の想いの重さに耐え切れず別れることとなり、やっぱり振られる形になる男は荒れるのだ。


そんな男に平然と近づけるのは、小さい頃はお風呂も一緒、寝るのも一緒、だった幼馴染の私くらいのもので。


自棄酒かっくらって、文字通り暴れていた男にすたすたと近付き、ゴツンと拳骨をくれてやったのが始まり。


反撃しようと拳を振り上げこちらを振り向いた男は、呆れを全面に押し出した顔の私を認識するや否や、一転縋りついてわんわん泣き出した。


それはもう、私が怪我怪我しないか心配して見ていた皆が唖然とするくらいの変わりようで、その一件から私は、一部の人間より猛獣使いという嬉しくもない称号をいただくことになってしまったわけだが。


局地的豪雨に見舞われたかのように豪快に服をびしょぬれにされた私は、何が何でもひっついて放さない男を腰に巻きつけたまま、根性で家に帰った。


「とりあえず着替えるから、ちょっと離れて」


断固として引っ付いたまま家までついてきた男は、少し落ち着いてきたのか今度は素直に離れてくれた。


「うーん、もういっそ風呂入ってパジャマになるか?」


こんな夜中に着替えたとて、すぐに寝る時間だ。その短い時間のために洗濯物を増やすのが勿体無くなった私は、濡れて気持ち悪い服を脱ぎながら脱衣所へ向かった。男がいるとかは関係ない。相手は男性が好きで昔は風呂にも入っていた幼馴染だ。


遠慮なく服を脱いだ時、後ろからどんっと衝撃がくる。


「おっと、危ない。ちょっと待っ……」

「いかないで」


縋りつく男に呆れつつ、それでも身の危険は感じていなかった。例え自分が下着姿であろうと、男にとってそれはなんら劣情を誘うものではないのだから。


「いかないいかない、だからちょっと離れよう。対象にならないとはいえ、一応私達は女と男だ。そして君が鷲掴んでいるのは私の胸だ」


「いやだ、亜美までいっちゃいやだ」


「いや、だからどこにもいかないって。何なら久しぶりに一緒に風呂入ろうか。さぁ行こう」


とにかくさっぱりしたかった私は、あっさり一緒にお風呂に入ることにして、風呂場へ行こうと男の腕から抜け出し背中を向けた。


どんっ。


「逃がさない、亜美……」


「いや、だから逃げてなん……んっ」


女など性的対象にはならないはずの男が、私の口を塞いでいる。流石の私も慌てたが、男の力には敵わず。泣きながら縋りつく男に碌な抵抗もしないままベッドへと引きずり込まれたのだった。

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