第1話:少し潔癖症な冒険者が冒険から帰ってきたら
薄暗くなった平原を歩む男が一人いる。
その男の名はランドウ。
平凡で、少し潔癖症な冒険者である。
ランドウが子鬼を狩り、帰路を歩いていると、すでに灯りがポツポツと灯りだしている町が見えてきた。
町の名はトーエン。
小さいながらも活気に満ちた町である。
トーエンの町の門までランドウが来ると、門番の男がランドウに声をかけてきた。
「おう、依頼は終わったのかい?」
「ああ、今日は子鬼6匹だ」
そうランドウが言うと、門番の男は関心したような素振りをして言う。
「1人で子鬼6匹とは、なかなかのもんだ。それにいつもどおり返り血を浴びてないのがすごいな」
「子鬼の返り血なんか浴びたくないからな。臭くてたまらん」
「それもそうだな。ははは!」
いつもの軽いやり取りをして、ランドウは門を抜け、その足でギルドに足を運ぶ。
ギルドと両開きの戸を開けると、依頼から帰った者や逆に依頼を受けようとする者。または次の依頼のために1席を陣取って話し込んでいるパーティがいる。
ランドウは運びなれた足で、依頼報告用の受付に向かう。
「おっさん。今朝受けた依頼終わったぜ」
「んあ? おお、ランドウか。ええと、依頼は子鬼5匹だったな」
「6匹で固まってたから全部倒してきたよ。1匹分ちょっと色をつけてくれよ」
「ほう6匹まとまった子鬼を1人でやったのか。なかなかのもんだな」
「さっき門番の兄ちゃんにも同じこと言われたよ」
そう言って、ランドウは苦笑いをする。
「ガハハ。単価は下がるが1匹分おまけしてやるよ。それはそうと、お前はそろそろもっと上の依頼を受けてもいいんじゃないか?」
ランドウは手袋をはめて、証拠である子鬼の耳を取り出しながら答えた。
「いや、このぐらいの稼ぎがあれば普通に暮らしていけるしな。それに難易度が高いとその分泥臭い戦いになるかもしれないだろ? とてもじゃないが耐えられねーよ」
ランドウが子鬼の耳を出していく仕草を見ながら受付の男は、変わったものを見る目をしている。
「何度見ても、お前のその、なんていうんだ? きれい好きっていうのか? 見慣れねえなぁ。男の冒険者なんて、基本的に体を拭くのも滅多に入らねえし、服だってそうそう洗ったりしねえからな」
受付の男がそう言うと、ランドウは眉を曲げて答える。
「俺からすれば、そんな不衛生にしていて、なんで気が狂わないか不思議でならないぜ。体を拭かないと汗でベタベタして気持ち悪し、服が臭いと戦闘に集中なんかできないだろ」
「そんなこと気にして冒険者やってるのはお前だけだよ」
受付の男は、呆れ笑いをしながらランドウに銅貨8枚と銅棒5本を手渡す。
ランドウは今つけている手袋を取り去ると、別の白い手袋を右手にだけつけて報酬をもらう。
報酬はすぐに自作した財布に銅貨と銅棒を、それぞれ別々にしまう。
「それじゃ、また明日なおっさん」
「おう。また明日」
ランドウはギルドを出ると、町の商店街に足を運んだ。
そして、商店街にある1軒のパン屋に入った。
「ごめんよー」
「いらっしゃい!……ってランドウかまた狙ったようにこんな時間にきて」
気の良い挨拶から一転、パン屋の女がランドウを見るなり呆れたようにそう言った。
「いいじゃねえかおばちゃん。固くなった売れ残りのパンが無くなって、そっちも儲かるんだから」
「そりゃあそうだけど。たまには定価で買っておくれよ」
「はは。俺にもうちょい稼ぎがあったらそうするよ」
「あんたはいつもそうじゃないか」
やれやれといった感じでパン屋の女は、受付の裏から紙袋入ったいくつもパンを取り出した。
「そう言いつつ、おばちゃんだって、ちゃんと用意してくれてるじゃないか」
「余計なことは言わなくていいのよ! さっさと持っていきな!」
「へいへい。常連さんになんて物言いだよ」
「常連ってのは日が高いうちに来て、定価でうちのパンを沢山買っていって下さるお客さんに使う言葉だよ」
「はは。耳が痛いぜ」
そう言いながら、ランドウは右手に白い手袋をつけて、銅棒1本を手渡す。
「あんたは本当に変わってるねぇ。たかだか銅棒に手袋なんかつけちゃって」
「おいおい、おばちゃん。人のことについてはあまり言いたかないが、食べ物扱ってるんならおばちゃんも金のやり取りのときは手袋つけたほうがいいぜ。こんなもんどこのだれが、どんな汚え手で手にしたかわかんねぇもんなんだから」
「気にしすぎさね。まったく」
「っていうが、実際便所行った後に、手も洗わずギルドのテーブルで賭け事やってたやつが銅棒触ってたの見たが、これ聞いてどうおもう? あ、ちなみにその銅棒はギルドから報酬だから、巡り巡ってという可能性は十分にある」
ランドウがそう言うと、パン屋の女は手渡された銅棒をそっと机において、口元をヒクヒクさせる。
「いいからさっさと行きな!」
「はいはい。いつもあんがとなー。あ、ついでに色変わるかもだけど、銅棒は酒湿らせて拭いた方がいいぞ!」
「いい加減におし!」
パン屋の女にどやされて、ランドウはそそくさと商店街を後にした。
ちなみに、ランドウがいなくなってから、パン屋の女が旦那の酒瓶を取り行ったそうな。
ランドウは紙袋に入ったパンを片手に、住宅街に足を運ぶ。
そして、そのまま住宅街を抜けた先の教会を目指す。
コンコンと教会の裏口の戸をランドウは叩く。
しばらくして、中から修道女の格好をしたランドウとあまり歳の変わらなそうな若い女が出てきた。
「こんばんは。ランドウさん」
「こんばんは。シスターシエスタ。ほらこれ、チビどもに」
ランドウはそう言って、紙袋に入った沢山のパンを手渡す。
「いつもすみません。こんなにいただいて」
「構わないさ。こっちも世話になってるしな」
「みんなー! ランドウさんがパン持ってきてくれたわよー!」
「げぇ! シスター。チビどもは呼ばなくていいから!」
しかし、時はすでに遅し。
シスターシエスタがそう叫ぶと、バタバタと沢山の元気な足音が聞こえてくる。
「ランドウ来たのー!」
「今日は何のパン持ってきたの!」
「ランドウ勝負しようぜ勝負!」
「ランドウ兄ちゃん遊んで遊んで!」
あっという間に、ランドウは走ってきた子どもたちに囲まれてしまい、足に体当たりされたり、服を引っ張られたりともみくちゃにされる。
「お、おい! こらやめろって。って、あああ! お前! めっちゃ服汚れてるぞ! あ、こら! 裾をしゃぶった服つけるなって! どああ、口からよだれだすな! 鼻水たれてるぞ。まさか! おい! 頼む! やめてくれええええ!」
ランドウは子鬼と対峙しても冷静さを欠かない胆力を持ちあわせているが、別の意味で子鬼たちに狼狽し続けるのであった。
子鬼たちもとい子どもたちは、ひとしきり狼狽するランドウで遊び終えると、紙袋に入ったパンをえいさほいさと愉快に掲げて、戻っていった。
「あらあら、本当にみんなランドウさんのことが好きなんですね」
「怒るぞ。シスター。くぅぅ、余計な洗濯物が増えた……」
ランドウは恨めしい視線をシスターシエスタを見て、汚れがどこについたかをすぐに確認する。
「シスター。もう少しチビどもに衛生観念ってやつを教えたらどうだ?」
「確かに、お部屋や教会の周りを綺麗にすることや食事の前に手洗いすることは日々教えてますが、ランドウさんほどきれい好きになられても困りますよ」
「いや、こういうのは早いうちから教えた方がいい。絶対だ」
「ふふ。ランドウさんも子どもを育てるようになれば、わかるようになりますよ。大事なのは衛生観念だけじゃないって」
「当分、その予定はないから、俺はこのままでいい」
「頑固なんですから」
「性分だから仕方ないだろ」
ランドウはそう言い残すと教会を去ろうとする。
「あら、今日も行かれてしまうんですか? たまにはみんなで一緒に召し上がりませんか?」
「いや、まだやりたいことがあるからな。それに俺の分のパンは持ってきていない。チビたちもよく食うんだろうから、気にしないでくれ」
「……優しい人。いつもありがとうございますランドウさん」
「いや、別に優しくなんかないさ。さっさとチビどもに汚された服を洗いに行きたいだけだ。じゃあいつも通り水場借りるぞ」
「また、そんなこと言って」
ランドウはまだ何か言いたげなシスターシエスタのもとから去っていく。
正直、洗濯したいのは本音であったのだ。
ランドウは教会の横にある納屋に入る。
ランドウが教会にパンを寄与するのは、宿代わりにこの納屋を宿代わりに使っているからである。
普通の宿を使わないのは、掃除はされているだろうが、どんな人物が、どんなことをその部屋でやっているかわからないからという理由だけである。
綺麗な宿はランドウも泊まれるが、当然宿代も高く、日々の食い扶持を稼ぐぐらいのランドウには贅沢すぎるため、使えない。
そこで、この街を拠点にした際に、教会に話をつけて、使っていない納屋を自分で掃除し、改装し、宿代わりにしているのである。
納屋を開けて、着替えをし、ランドウは今日使った手袋と服を持ち、教会の水場に行く。
教会の水場は、有事の水源のために設置されているが、基本だれでも使って良い。
しかし、大抵の住民は教会の水場から引かれた用水路が住宅街に通っているので、わざわざここまで洗濯に来る者はいない。
つまり、ランドウにとって、恰好の洗濯場なのである。
早々に洗濯を終えて、ランドウは納屋に戻り、洗濯物を干す。
そして、風の魔石がつけられた送風魔器に魔力を込める。
すると、風通しが良いとはいえない納屋に風が程よく吹く。
この送風魔器はそれなりの値段がしたが、その利便さからランドウは金に糸目をつけずに購入した。
洗濯物を干し終わると、ランドウは夕食を食べに商店街に戻った。
商店街にあるいつも使っている定食屋にランドウは足を運ぶ。
食事処「猫飯」
それがいつも使っている定食屋であった。
ランドウは慣れた手つきで扉を開く。
「いらしゃーいにゃ! あ、ランドウにゃ!」
「おう、ミャオ。お前はいつ見ても素晴らしいな」
「にゃにゃにゃ!? なんでいつもあたしを口説くにゃ。そ、そんな毎日口説かれったって、あたしはなびくような安いおんにゃじゃないにゃ///」
と言いつつ、尻尾をブンブン振り回しているミャオとランドウが呼んだ女は、この「猫飯」の一人娘にして、看板娘のキャット・ピープルと呼ばれる獣人である。
ランドウは、案内された席に着くと、銅棒1本と銅貨5枚もするステーキ定食を頼んだ。
ご機嫌な様子で注文を受けたミャオは、厨房にいるミャオの父親ことこの店の主人に注文を伝えに行った。
ミャオの父親は、ランドウを見るなり、キッと厳しい目線を彼に送ったが、ランドウはいつものことなので、素知らぬ顔をしていた。
料理が運ばれるまで、ランドウはミャオを見ている。
ミャオもそんな視線を感じているのか時折ランドウの方を見ては尻尾を振っている。
「ああ、ミャオはいつ見ても素晴らしいな。給仕で手袋をしている店なんて滅多にないからな」
そう、ランドウが見ているのはミャオではなく、彼女がつけている手袋であった。
ランドウは例え給仕とはいえ、運ばれた皿を素手で触られることを快く思っていない。
しかし、だからといって、自分で料理が作れる場所は持っていなく、我慢して食べないと生きていけなかった。
しかし、この猫飯のミャオは、常に手袋を装着しており、また、会計は基本的に会計受付の席に本を読みながら、ずっと座っているミャオの祖父がやるので問題ない。
小さな定食屋だが、ランドウはこの定食屋が気に入っていた。
食事が運ばれてくるまでミャオを見ているのは、彼にとってのオアシスだからこそ、ミャオが彼の期待にそぐわない行動をしないか監視している意味合いがほとんどである。
こうして、誤解が生まれていることにランドウは気づいてはいないのであるが。
久々に血の気の多い食事を取り、ランドウは満足して納屋に帰った。
そして、寝る前に、装備の手入れをして、ランドウは眠りにつく。
誤字脱字は気づいたら直します。