傷だらけの楔は愛を刻む 【2】
「あー、それにしても」と、フィフニはぼそりと呟いた。草むらに足を投げ出し、視線は遠くに投げかけている。フィフニの視線を追うようにレックも遠くに目を向けた。
二人の視線の遥か彼方では、いまだゴルタギアが炎上を続けていた。炎は沈静化するどころかさらに勢力を増している。自然と、二人の顔も難しいものとなっていた。
「毎回毎回、どうしてこうも大惨事になっちまうんだろうね? ボクぁ、お上からのお達しで『いい加減にしてちょーよ。減給するよ?』と叱られておるよ?」
「俺らは穏便にぶん殴って平和的にぶち殺したいだけなのにな」
「……こんな物騒な思考のやつが国際指名手配されてないのがそもそもおかしくね?」
レックはフィフニを一瞥した。普段は無視していたが、どうにも今はその能天気さに腹が立つ。レックの頭上にフィフニを黙らせる特大の一言が舞い降りた。
「お前、負けただろ」
レックの容赦ない指摘に、フィフニは「うおうっ」と仰け反った。天を仰いだ顔が戻ってくる様子はない。
「…………あのときの最後の攻防」
やがてフィフニの口から、ぽつりぽつりと言葉が零された。
「あいつがいなかったら、塔は起動していたんだろうな」
「……確かにな」
レックは難しい顔をして口を噤んだ。彼らがベベルの計画を阻止できたのは、フィフニがファルマンに負けたことが大きく関係している。もしもフィフニがファルマンに勝っていたのなら援護もなく、巨塔の一撃は放たれていたことだろう。
「まったく……人生にはどうしてこうも皮肉が多いかね」
背後で草を踏む音。振り返るとルーザーが立っていた。
「終わったの?」
「ああ。終わった」
「そっか」
フィフニとレックの横にルーザーが並んで立った。三人は視線を交わすこともなく、前方だけを見据えている。
「今度、いつか、彼の話を聞かせてよ」
「今度、いつかね」
穏やかに言うフィフニに、ルーザーも穏やかに言い返す。
「さて、と」とフィフニが足を振って立ち上がった。尻についた草を手ではたき落とす。
「それで? 次はどうするの?」
「決まっている」
フィフニの問いに返したレックの声は硬質だ。海の底のように澱んだ視線は時間も空間も切り裂いて、あの男の背中だけに向けられている。
「次の《葬星禁器》を目指して、破壊する。それを繰り返していけば、いつかは《天》にも《アーク教団》にも会えるはずだ。次こそはあいつと決着を着けてやるさ」
レックは顔を歪めて凶暴な笑みを浮かべた。獲物をどこまでも追いかける凶獣の笑みだった。
「ほんじゃ、お縄にかかる前にドロンしますか」
寸前とは打って変わり、フィフニは軽薄な笑い声を上げながら両手を組み合わせて印を結ぶ。フィフニの手元をじいっと見つめていたレックが「おい」と口を開いた。
「うん?」
「その手」
「おう?」
フィフニは両掌を合わせ、指を互い違いに組み、両人差し指だけを伸ばしている。
「印というより、カンチョーじゃねえか?」
フィフニは自分の手を見て、レックを見て、そして人差し指をしゅっしゅっと突き出し始めた。頬を狙ってくる指先を、レックは苛立たしげに振り払う。
「やめろよ。ウゼえよ」
フィフニの姿がしゅっと消えた。現れた先はレックの背後だ。フィフニは一で気をつけて二で構え、三四で近付き、五で指を発射する。
しかし尻肉に阻まれて指が右にぐねった。
フィフニは懲りずに今度はルーザーの背後に回りこんでカンチョーを発射する。
しかし尻肉に阻まれて指が左にぐねった。
「うわーん! ボクちんの指がぐにゃんぐにゃんだー!」
泣き喚き散らすフィフニを、レックとルーザーの二人は冷ややかに見つめた。
「これじゃお弁当も食べられないじゃないか」
そういえば弁当はどこにやったっけか? フィフニは周囲を見回して、硬直。草むらで胡坐をかいた黒馬が、包みを開いて弁当を口に搔きこんでいるではないか。フィフニの視線に気付いた黒馬が「はっ」となって硬直する。
「てーめーこーのー、よくもアニスちゃんからの愛妻弁当をっ!」
「チョットマッテ、ゴシュジン。ワシ、サイゴノイチゲキニナッタヨ? ネギラッテクレテモイイヨネ?」
「それとこれとは話が別じゃい」
「ソレデハココデ、ユウエキナジョウホウヲヒトツ」
フィフニは「ほう?」と、一応の聞く姿勢を見せた。
「イマノアッシノセナカニハ、ヒトヅマトヨウジョノニオイガ、シミツイテマッセ!」
「殺す! 地の果てまででも追いかけて殺す! 《アーク教団》よりも先に殺す!」
「ソレホドノキョウキ⁉」
『コリャヤベーヤ』とばかりにすたこらさっさと逃げ出した黒馬を、フィフニが鬼の形相で追いかけていく。
「……アホくせー」
レックは呆れたように呟き、煙草入れを取り出して煙草を口に銜えた。レックの視線が煙草入れに落とされる。
それにしても趣味の悪い煙草入れだ。なにを思ってこんな意匠のを選んだのだろう。
レックは拳に煙草入れを握りこむと視線を前に戻した。整理をつけた表情を浮かべてレックも歩き出していく。
二人の姿が遠ざかっていく。ルーザーは一人、風に身を晒していた。歩き出さなければいけないはずなのに、どうしてだか一歩が踏み出せない。
ふと、誰かに背中を押された気がした。振り返ってみるが誰もいない。
「おーい」
「なにしてんだ、置いてくぞ?」
前方では二人の仲間が彼を待っていた。
ああ、そうだった。一人で物思いに耽るより、自分には笑って、泣いて、話し合える仲間がいたのだ。
ルーザーは二人を追いかけて走り出した。すぐに二人に追いつき、肩を並べて、ともに歩いていく。
草むらに落ちていた藍色の楔が砕けて、風に乗って、どこかへと去っていった。
この世界に救世主なんていらない 終幕




