前へ、それでも前へ 【5】
ベベルの宣告に重なるように轟音が鳴り響いた。轟音は巨塔を貫き、血飛沫のように残骸が飛び散って、そして破壊が巻き起こる。
「なにっ⁉」
ベベルは驚愕に目を見開いて巨塔に顔を向けた。巨塔の発する唸り声が途切れている。
次いでベベルは轟音の飛来してきた方角に視線を向けた。遥か彼方の大地に巨大戦艦が鎮座している。その甲板に立ち、黒弓を構えた男の姿。ファルマン・A・ダラクスだ。
「言ったはずだ。貴様を殺して、塔も止めるとな」
「「「今だあ!」」」
怒号を上げて三人は同時に飛び出した。
巨塔の唸り声が止まったのはほんの一瞬だ。すぐに稼働を再開する。
「何度も何度も! 何度も何度も同じことをっ!」
怒号を放ったベベルの全身が発光を始めた。再び飽和攻撃を行うつもりだ。
「その技はっ!」
レックの手甲が振り抜かれ、跨ったフィフニごと黒馬を投擲して第一加速。フィフニが馬上から跳躍して第二加速。さらに籠手の能力を発動させて第三加速。ベベルの想定を遥かに上回る速度で突っこんでいく。
驚愕に顔を強張らせたベベルへと、フィフニが組み合わせた両拳を叩きこむ。しかしこれはベベルの超反射によって左腕が掲げられて防がれてしまう。
しかしそれで終わりではない。攻撃を防がれると同時にフィフニはその場から離脱していた。入れ替わりに接近してきたのは二つのU字、馬の蹄だ。黒馬の後ろ肢蹴りによってベベルの左腕が跳ね上げられ、続いて無防備となった胴体をレックの手甲が殴りつける。骨格と内臓の破壊される生々しい音が響き渡った。
「溜めがでかいんだよっ!」
レックが殴り抜き、ベベルの体は衝撃で上空へと殴り飛ばされる。
「う、おおお……おおおおおおおおおおおおっ!」
ベベルはそれでも耐えきった。全身の筋肉を漲らせ、喉を反らして雄叫びを上げる。脳内物質が駆け巡って激痛を強制的に押し退ける。
ベベルの目に映るのは黒馬の変形した巨大棍棒を握るフィフニと、さらにそのフィフニを手甲に乗せたレックだ。二人の体と視線はベベルではなく巨塔を向いている。狙いはファルマンのあけた大穴だ。
ベベルは楔を放つべく左腕を突き出し、しかし黄金の輝きに阻まれて掌が引き裂かれた。ルーザーの黄金図形が前方に展開されていたのだ。
「待て! やめろ! この塔はただの兵器ではない! ゴルタギアは塔ありきの都市だ。エデンズ・ファクターを破壊してしまえば観光業は激減し、流通経路としての意義も失う。なによりこの塔はゴルタギアの象徴であると同時に、ゴルタギア中の生活用水や電力を生み出している生活基盤だ! この塔を破壊すればゴルタギアは壊滅するのだぞ!」
切羽詰まったベベルはここにきて精神的な揺さぶりにきた。しかしベベルに向けたフィフニの緋色の目はぞっとするほど冷ややかだ。
「これは土着信仰なんかに多い考えなんだが、自然から一を受け取ったなら自然に一を返さなければならない。つまり命の循環や食物連鎖、等価交換に則した観念だ」
フィフニが棍棒を振り上げ、レックもフィフニを乗せた手甲を振り上げる。
「恩恵ばかり受け取って、贄にはなりたくないなんて虫がよすぎるんだよおっ!」
「やめ、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
そして棍棒は振り下ろされた。爆発が起きたかのような轟音と衝撃が発生し、ファルマンのあけた穴を中心にして蜘蛛の巣状の亀裂が走る。一瞬にして外壁が破壊され、二人は内部へと侵入。間を置かずに巨塔の両端で破壊が起こり、破壊は二重螺旋を描きながら巨塔の内部を駆け下りていく。
「う、あああ……」
巨塔のあちこちで連鎖的に破壊が続いていく。火の手が上がり、爆発が起きた。二重螺旋はついに巨塔の根元へと到達し、再び外壁を貫いてフィフニとレックが飛び出す。そして唸り声が途絶え、巨塔は沈黙した。
「うああああああああああああああああああああああああっ!」
ベベルの喉から悲憤の慟哭が迸った。両目は見開かれ、透明な涙を流し、喉からは張り裂けんばかりの大音声が獣の叫びとなって張り上げられる。
「きゅうううせいいいしゅううううううううううううううううううううううううっ!」
ベベルの怒りと憎しみがルーザーに爆発した。
ベベルは怒号を上げてルーザーに飛びかかり、ルーザーの蹴りが顔面に叩きこまれ、しかし勢いは止まらずルーザーの頬を殴りつける。
策もなにもない。理性を失い、破壊衝動に身を任せた獣の戦いかただ。
ルーザーの左上段回し蹴りが放たれ、ベベルが上段蹴りで撃墜。振り上げた脚をそのまま振り下ろしてルーザーの脳天に踵を落とす。ルーザーの頭が割れて流血が起きた。
反動でルーザーの頭部が下がり、ベベルは両脚を絡めて首を絞め落としにきた。同時に割れた頭にさらに肘鉄を振り下ろして頭蓋骨を破壊しにかかる。
衝撃は真横から襲いかかってきた。ベベルの肩口が弾けて肉片と鮮血が飛び散る。切断されたはずのルーザーの右腕が空中に浮かび、自律砲台となってベベルに黒い光を放射したのだ。
生じた隙を逃さずにルーザーが首絞めから脱出。ベベルはルーザーが頬を膨らませていることに気がつくと同時、咄嗟に左腕を突き出していた。
ルーザーの口からと、ベベルの掌からそれぞれの光が放出され、至近距離で激突。拒絶反応の爆発が巻き起こり、衝撃が荒れ狂って、爆発的な閃光が視力を奪う。
その荒れ狂う爆心地を突き破ってベベルが出現した。ルーザーへと左腕を伸ばしてくるが、しかし遠い。ベベルの行動を予測していたルーザーは事前に安全圏へと身を引いていたのだ。
「同じ手は」
「同じ手なわけがあるかっ!」
ベベルの左腕から十三本めの、そして真のフルメタルハートが出現。足りない距離を補って、先端の固定具がルーザーの胸板に食らいつく。
「勝った!」
杭が打ち出されるその瞬間、ルーザーは強引に身を捻った。骨格ごと胸部が引き剝がされ、射出された杭は胸板だけを虚しく貫いた。
胸板を失ったルーザーの心臓器官は剝き出しになっていた。すでに心臓器官は黒金の光によって眩いばかりの輝きを発している。心臓器官から迸った直接放射がベベルを呑みこみ、天空を駆け抜けた。
「ぐおおおおおおおおおおおおっ! 救世主ううううううううううううっ!」
黒金の光の奔流は止まらずに巨塔を直撃し、そして貫通。光の奔流はフィフニやレックとは逆に天空へと上昇していき、巨塔の頂上から空中へと抜けていく。
真っ二つに両断された巨塔の一方は根元から折れて真下に落下し、地表に激突した衝撃で粉々に空中分解した。巨大なビルほどもある破片がゴルタギア中に降り注ぎ、街の至るところで天にも達する爆発が起こった。破片はさらに砕け散り、家屋ほどの大きさとなって再び周囲に飛散して瞬く間に街中を火の海に変えていく。巨塔のもう一方はゆっくりと傾斜していき、息絶えた巨大な竜の死骸のように地表に横たわる。
ベベルの断末魔を呑みこんで、巨塔とゴルタギアが焼け落ちていった。




