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前へ、それでも前へ 【2】

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 繰り出されたファルマンの拳と、突き出されたフィフニの拳が激突していた。二人の拳が砕け、皮膚がはち切れて血を流し、喉から獣の雄叫びを迸らせる。

 拮抗はほんの一瞬だった。膂力で圧倒的に勝るファルマンがすぐにフィフニを押しこみ、フィフニの体は高速で後退を始める。踏ん張る足で床が抉れ、叩きつけられた背中が壁を突き破る。勢いは止まらずに何十mも後退を続け、何枚もの壁を突き破り、いくつもの部屋を通過していく。

 そしてフィフニは動かなくなった。ファルマンは息をすることすら忘れて呆然とする。フィフニの鼻腔や眼球からも出血が起きていた。血の涙を流す目がファルマンを見つめ、血を滴らせる口が笑みを浮かべる。

「どうだ。止めたぞ」

 二人は弾かれたように拳を繰り出し、一瞬だけ早くフィフニの拳がファルマンの腹部に叩きこまれる。ファルマンはフィフニの攻撃を無視した。拳を受けたまま自身の攻撃を続行する。

 そこへ二発めの拳が叩きこまれた。さらに三発め、四発め、

「をおおおらららららら……」

 十発。

「らららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららら……」

 百発。

「だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだりゃあっっっ!」

 そして千発と、次々に拳を叩きこんでいく。

 先ほどとは逆にファルマンの体が押しこまれ、次々と背中で壁を突き破っていく。二人は瞬く間に後退した距離を巻き戻し、そしてついに最後の壁をぶち抜いてファルマンは空中に投げ出された。

 ファルマンはぴくりとも動かない。全身には拳の形の陥没が敷き詰められ、皮膚は内出血によって赤黒く変色していた。骨と内臓も大きく破壊されていることだろう。両腕の手甲も攻撃の合間にどこかへと弾き飛ばされていた。

 微動だにしないファルマンは頭から一直線に落ちていく。その首が折れてフィフニを見、にいっと笑った。

「私の勝ちだな、アルダー」

 落ちていくファルマンの両手には、三つの黒い塊が摑まれていた。

「…………はっ?」

 フィフニの口から素っ頓狂な声が漏れた。

「はああああああああああああっ⁉」

 慌てて体を調べると、確かに長巻と弓と箸、三つの厂処黒がなくなっている。

 フィフニは思わず壁の穴から身を乗り出してファルマンを凝視した。そして違和感を覚える。周囲を見回すとすぐに違和感の正体が判明した。あれほどまでに巨大なサーペントの躯体が消えていた。

 やられた! 二人が雌雄を決しているその裏で、ファルマンの予備計画が密かにサーペントを回収していたのだ。

 落ちていくファルマンの先に影。ファルマンがくるりと半回転して双鷲鎧の背中に着地する。ファルマンは逃走手段の温存も視野に入れて鎧を排除していたのだ。

 双鷲鎧が翼をはためかせてファルマンが去っていく。ゴルタギア郊外の地面が盛り上がって巨体が浮上。姿を現した鋼の塊は《人間戦争》時代に建造された方舟級の地中潜航艦だ。船体には《アーク教団》の紋章である〝梟の髑髏に巣食う蛇〟が描かれている。

「勝負は次までお預けだ」

「マジかよ……」

 勝負には勝った。しかし大局では負けたのだ。十年前とは真逆の結果になっていた。

「そうか、ボクの負けか」

 フィフニはその場にぺたんと尻を落とした。仰向けになって大文字に手足を放り出す。負けたにもかかわらずフィフニの顔は晴れ晴れとしていて、心の底から愉快そうだった。

「ははははははっ。あっはははははははははっ!」

 フィフニの笑い声は途切れることなく、いつまでも上がり続けていた。

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