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星を葬る 【3】

 突如として戦車が爆発した。上空から飛来したなにかが戦車に激突し、重圧と衝撃で戦車を爆散させたのだ。

 戦車の残骸が降り注ぐ中心は大穴となっていた。大穴の底には黒い人影、ルーザーの姿。ルーザーが空から落ちてきて、戦車を踏み潰したとしか思えなかった。

 ルーザーが大穴の斜面を登っていく。その歩みが止まった。

 ルーザーの視線が下降する。ルーザーの足首を摑むのは、胴体が千切れ、片腕を失った戦車野郎の残骸だった。

「ゼ、ゼッペル様の邪魔はさせぬ……」

 その言葉を最後に戦車野郎の瞳から光が消えた。ルーザーは膝を折ると、そっと戦車野郎の瞼を閉じさせる。

「ごめんね」

「理解不能だな」

 俯くルーザーと死せる戦車野郎に浴びせられたのは、ゼッペルの侮蔑の言葉だ。

「自分で殺しておきながら謝罪を口にするとは矛盾している。まったくもって人間とは理解できぬ欠陥品だ」

「黙れ」

 ルーザーの声は刃の凶暴さを宿していた。寡黙な彼からしたら珍しいほどの怒気が全身を包んでいる。

「この人数を相手するのは面倒臭いな」

 愚痴を零してレックは大きく跳躍した。獣の姿勢で滑空し、防衛線の真っ只中に着地する。護衛たちが迎撃するより早く、剣が大きく振り抜かれた。長大な径を黄金の輝きが駆け抜け、十数人の護衛が一斉に輪切りとなる。明らかに先ほどまでの剣の間合いを逸脱する攻撃範囲だ。

 レックが持つ黄金の長剣、《キルアーク》の形状が変化していた。長剣だったはずのそれは柄が長く伸長して大槍となっていた。

 葬星器は〈フラスコ〉と称される金属細胞から構築されている。そのフラスコが瞬時に構造を組み換え、キルアークの形状を変化させたのだ。

 生きた金属細胞から形作られる葬星器は、金属基生物兵器と言ってもいい。

 レックが前方に銃を突き出した。《DDDDデストロイヤー》が伸長し、元々巨大だった輪郭がさらに大きくなる。銃口から飛翔した光弾は拳銃形態のときよりも大きく膨れ上がっていた。光球は空中で無数に分裂、散弾の流星雨となって防衛線を薙ぎ払う。

 右手に大槍を、左手に散弾銃を装ったレックが、防衛線を蹴散らしていく。

 下降を続けるフィフニはビルの半ばで跳躍。黒弓が分解されて折り畳まれていき、掌におさまる黒い塊となる。

 フィフニの逆の手には別の黒い塊が握られていた。黒い塊が急速膨張し、太い四肢が生成され、逞しい体躯となり、雄々しい鬣を蓄えた首が伸びて、鋼の黒馬が出現。

 黒馬が路面を踏み砕いて着地するのと同時、フィフニの尻が黒馬の背に跨っていた。

「はっ!」

 フィフニの手が鉄鎖の手綱を操り、黒馬が漆黒の颶風となって大地を駆けていく。

 レックが黄金の剣を投擲。黄金の剣は空中で剣身を左右に開いてブーメランとなった。高速回転するブーメランが護衛たちを右から左へと一気に薙ぎ払っていく。

 レックの手が舞い戻ってきたブーメランを掴み取ると同時、その場にけたたましい金属音が降り注いできた。

 見上げると、空中に敷かれた線路の上を走る列車が目に入った。突如として列車の車体に隙間が生じた。表面が分解され、内部から装甲や夥しい数の銃器が出現し、市民の足であるはずの列車が瞬く間に装甲列車へと変形する。

「はああああああああああああっ⁉」

 レックは大音声で意味不明を吐き出した。

 装甲列車の銃座から機関銃が乱射され、車窓からはロケットランチャーが射出され、回転砲が、電磁砲が、レック目がけて一斉に放たれる。

 商品とともに露店が吹き飛び、自動車が爆発し、石畳が抉られ、街路樹が炎上する。ゴルタギアの街が滅茶苦茶に破壊されていった。

「お前らやっぱり馬鹿だろ! 絶対に馬鹿だろ‼」

 攻撃の嵐の下をレックが無様に逃げ惑っていく。

 ルーザーが俯けていた顔を上げた。ルーザーの黒淵の視線と、ゼッペルの硝子玉の視線が空中で激突する。

「君は、自分を守るために倒れた死者に対してなにも思わないのか……」

「なにも。ただ生命活動が停止して使い物にならなくなっただけではないか」

 ゼッペルの硝子玉の視線に温度は宿っていなかった。それだけでは説明不足だと思ったのか、ゼッペルは再び口を開く。

「彼は私を守るという契約を結び、契約を遂行するために働き、賃金を得て、そして前提条件として示されていた死の可能性に遭遇した、それだけのことだ。なのにいざ死んだらなにかを考えろという主張は非論理的だ。破綻している」

「そう」

 ルーザーは納得したように頷いた。歩みを再開し、大穴の縁に足をかける。

「確かに自分でも矛盾していると思う」

 ルーザーは戦車野郎の命を奪った自分の手を見下ろした。黒い瞳には黒金剛石の強さと黒炭の脆さが混在している。

「だけど、それが人間だ」

「生憎私は人間ではないからな」

 無表情なルーザーと、固く唇を引き結んだゼッペルが対峙する。

 レックが周囲を見回す。空中を走る線路はレックの進行方向へと伸びていき、右横にあるビルの屋上を通過していた。

 レックは一目散にビルへ駆けこむと、階段を駆け上がり、扉を蹴破って屋上に出る。その瞬間、装甲列車がレックの目の前に飛びこんできた。避ける時間などない。レックは真正面から装甲列車に激突される。

 ありえない現象はその直後に起きた。黄金の剣がレックの身の丈以上に巨大化し、レックは大きく剣を振りかぶって装甲列車目がけて振り下ろした。黄金の巨大剣は装甲列車の鼻っ面を侵入し、車体が真っ二つに切り裂かれてレックの左右を素通りしていく。

「飛行機ほど速いわけでもないし、単車ほど小回りが利くわけでもない。敷かれた線路の上を走るだけの列車なんてまな板の鯉も同じだ」

 レックは右手で列車の両断を続けつつ、左手は涼しい顔で煙草の灰を落としていた。ついに列車の最後尾まで剣が駆け抜け、左右に引き裂かれた鋼の大蛇が空中の線路から落ちていく。地表に激突して、真っ赤な炎に変わった。

 口の端を吊り上げたレックの笑みは、下方からの炎に照らされて地獄の悪鬼のようにも見えた。レック自身も内心で(決まったな……)と得意満面である。

「…………ん?」

 レックは違和感を覚えて上空を見上げた。黒馬に跨ったフィフニも、ゼッペルから距離を取ったルーザーも空を見上げる。

「な……んだ、そりゃ……?」

 レックは思わず目を見開いた。開いた口から煙草が落ちていく。

 天空には逆様となった大地が浮かんでいた。

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