前へ、それでも前へ 【1】
ぴくりと、それまで全く動く気配のなかったレックの左手が拳を握った。水面を蹴りつけ、亜音速で向かってくる手甲へとさらに踏みこんでいく。
「ぎああああああああああああっ!」
レックの喉が獣の咆哮を迸らせ、左腕が突き出された。拳は真正面から手甲と激突し、砕け、骨を折り、それでも振り抜かれて手甲を破壊する。
「んなっ⁉」
勝算も理屈もなにもあったもんじゃない。単なる力任せの獣じみた一撃だ。
レックの右手が栄冠を摑むように天へと伸ばされた。真上に弾かれていた剣が吸いこまれるように掌に落ちてきて、一閃。レッチェルの右腕が肩口から切断され、重い音を上げて手甲が水面に落ちる。
真っ直ぐに突き出された剣が、レッチェルの胸の中心を貫いて背中へと突き抜けた。
「レッチェル、さよならだ」
剣が捻られてレッチェルの心臓を完全破壊。剣が引き抜かれ、レッチェルの唇と胸から滂沱と流血する。
血に染まったレッチェルの左手が伸びてレックの頬に添えられた。顔が近付けられ、強引にレックの唇へ自分の唇を押しつける。
レッチェルの体が離れ、湖面に倒れて飛沫を上げた。水面に横たわり、瞼を閉じた彼女は、もう動くことはない。
続いてレックも湖面に尻から崩れ落ちた。二人の体から流れ出した血が混じり合って、青い湖水を赤く滲ませていく。
血に染まったレックの指が自らの頬を撫でて目の前に持ってくる。しかしそこにあるのは血の赤だけ。
「ああ、そうか。俺は女の死に、涙すら流せないのか……」
殺人者の孤独な呟きは水面に落ちて、そして深い水の底へと沈んでいった。




