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宿業 【1】

「誰だ貴様は⁉」

 ベベルの問いは悲鳴じみていた。激しい混乱と困惑で、まるで恐怖しているかのように表情を歪めている。心臓炉を握った左手も病人のように震えていた。

「どうしてここに救世主の心臓炉ある? どうして移植した形跡がある? 人間に免疫があるように、《葬世者》同士といえど心臓炉の移植など不可能だ!」

 ベベルの混乱は、ある一つの結論から生じたものだ。

「貴様は誰だ? 貴様は救世主ではない。では誰だ? 誰なんだ?」

 ベベルは何度も何度も同じ問いを繰り返す。

「……いや、そうか。たった一つだけ可能性があった」

 そして気付いた。人間の場合でも血縁者間の形質適合率は著しく高い。救世主と全く同じ形質を持った《葬世者》であれば移植は可能だ。そう、一卵性の双子のように。

「まさかお前はっ!」

「それは、私のだ」

 振り返ったベベルの横を、太陽の輝きが飛び去っていった。

 一拍遅れて金属音。如何なる攻撃にも耐えてきたはずの杭打機が二本の中筒をまとめて真っ二つにされていた。そしてベベルの左腕が肩口から切断されて宙を舞い、握っていた心臓が空中へと投げ出される。

 緩慢に動く視界の中を人影が駆け抜けていき、心臓を奪還。視線の先に立つ人物の髪は太陽のような金髪。背負った輝きも黒ではなく黄金を放っている。

「お前だったのか」

 理解と、そして愕然を等分したベベルの声が零れた。

「これは僕が私に託した全てだ。誰にも、君にとて触らせてはやらない」

 黄金の人物は救世主の心臓を大切そうに胸の空洞へとおさめる。そこにはすでに本来の心臓がおさめられていて、黄金と黒の光が全身へと駆け巡っていく。

 黄金の輝きを放つ《葬世者》など一人しかいない。あの時代に最強と呼ばれ、救世主の双子であるあの男しか。

「《太陽の破壊者》!」

「その名前はあの時代に置いてきた」

 フルメタルハートの杭が射出され、しかしルーザーの前方に黄金の図形が展開されて防御した。杭は黄金の図形の表面で一寸たりとも進むことなく止まってしまう。

 さらにルーザーの両腕が振られて黄金の円や六角形や八角形を投擲。円盤となって飛翔する図形を避けたベベルの背後で、ビルも大地も空気分子も、逃げ遅れた大筒の一本までも、万物が真っ二つに両断されていく。

 破壊者の能力は救世主が有する最強の攻撃能力たる対消滅とは真逆、すなわち対消滅の力すら凌駕する絶対防御の力。その力を無敵の強度と切断力を有する刃として繰り出しているのだ。

「そうか。貴様は救世主から心臓と名前を奪って……いや、受け継いで人間のために戦っているというわけか」

 ベベルは黄金の図形をかわしながら、切断され地に落ちていた自らの左腕を蹴り上げた。舞い上がった左腕の断面を肩の断面で受け止めて、瞬時に左腕を接合。

 黄金の図形はすでにベベルの目の前まで迫っている。黄金の図形に対しては攻撃も防御も無意味だ。対処法がない。あるいは形を持たない橙色の粘液や緑色の霧であれば、物理的な切断も無効化できていたことだろう。

「ならば受け流す!」

 黄金の図形の真横から杭打機が叩きつけられた。唯一の対抗法は力押しだけだ。あらゆる攻撃に耐える無敵の盾だとしても、力押しによって後退するのは免れない。ベベルを両断するはずだった黄金の図形は衝撃によって大きく軌道を変え、ベベルの横を素通りして去っていく。

 そこへ黒い光が雷の蛇となって襲いかかってきた。黒い光は空中をジグザグに蛇行しながらベベルへと強襲。応射される楔の弾幕をくぐり抜けてベベルの右肩を抉り取る。苦痛に顔を歪めたベベルは跳ねるように後退を繰り返し、ベベルを追い駆けて黄金の図形が飛び交い、黒い雷が大地を抉る。

 そしてルーザーの全身から血が噴き上がった。糸が切れたようにルーザーがくずおれ、大地に膝を着く。

 理解不能の事態が起きていた。ベベルは逃げ回る足を止めて冷静に状況を検分する。

「そうか、そういうことか」

 どうしてここに至るまでルーザーは二つの力を併用してこなかったのか? それはおそらく、ルーザー自身でさえも対消滅と絶対保存という両極端な力を扱いきれていないのだ。その反動が過負荷となって肉体に破壊を起こしているのだろう。

「…………なに?」

 ベベルの口から不可解さの呟きが漏れた。ルーザーは両手を体の前で向かい合わせると、右手から黄金の、左手からは黒い光をそれぞれ放出。二色の光は互いに反発し、殺し合いながら、激しく明滅を繰り返していく。

「……なにをしている?」

 ベベルは息を呑んだ。ルーザーがなにをしているのか全く分からない。それはおそらく自分には考えの及びもしない、途方もないことをしているからだ。

「この力を使わずに君を乗りこえることはできない」

 ルーザーは静かに口を開いた。塔から聞こえてくる鳴動は大気を震わせるほどに大きくなっている。ルーザーには使えない力を使わないでいられる余裕などないのだ。

「だったら、見つければいいだけだ」

 明滅を繰り返す黄金と黒が、ルーザーの顔に複雑な陰影を浮かび上がらせる。

「力を抑えず、弾けさせず、暴走させない黄金の力加減を、今この場で見つければいいだけだ」

「……なに、を、言っている……?」

 ベベルの口元は笑みを形作っていた。やはり自分たちの兄は凄まじい人物だ。自分には到底、今この場で限界を突き破ろうなどという発想も出なければ自信もない。だからこそ、強く思う。

「私はお前を越えて、自らの成したいことを成したい!」

 ベベルは自らの胸に手を置いて、深く深く息を吐き出した。いつだって最初に顔を見せる感情は恐怖だ。目の前に立ちはだかる強大な相手に立ち向かわねばならない恐怖。体に走る痛みへの恐怖。相手を傷つけてしまうことへの恐怖。計画を成して、多くの人々を殺してしまうことへの恐怖。

 この恐怖を黙らせる方法は簡単だ。ここで立ち止まってしまえばいい。逃げ出してしまえばいい。彼女のことも、全人類への償わせも、なにもかも忘れてしまえばいいのだ。

「だが、そんな生きかたを選べるものか!」

 そんな生きかたは死んでいるのと同じだ。生きながら朽ち果てていく死体の生きかただ。ならば例え死が待つ道だろうと、最後の瞬間まで足搔いて生き抜くのみ!

 ベベルが地を蹴って走り出し、応じてルーザーも走り出す。二人は拳を突き出し、一瞬早くルーザーの黒金の拳がベベルの頬に届いた。次の瞬間にはベベルの顔は地面に叩きつけられている。あまりの衝撃で体が半回転し、両脚が天に向けられていた。

 ベベルは即座に杭打機で地面を穿ち、反動で自らの体をさらに半回転させて体勢を取り戻した。同時に下からの突き上げるような蹴りをルーザーの顔面に叩きこんだ。鼻血を飛び散らせて仰け反ったルーザーは、上体を振り戻す勢いに乗せて組み合わせた両拳をベベルの頭部に振り下ろす。至近距離から藍色の楔が放たれ、黄金の図形が防御し、黒い光をまとった手刀が振り下ろされ、杭打機が右肩を破壊して腕を千切り、杭打機が蹴りによって破壊される。

「黒金のおっ!」

「藍嵐のおっ!」

 二色の力が激突し、弾けて、全てが塗り潰されていった。

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