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自らを縛りつける者たち 【9】

 地上から見上げれば果てしなく広がる青空も、一歩成層圏を抜け出てしまえば宇宙の暗黒に塗り潰されていた。

 煌めく星の海には奇妙な影が浮かんでいる。それは太陽の光を浴びて燦々と咲き誇る花のような人工物だ。人工物は一つの都市か、あるいは島がおさまるほどに大きい。

《人間戦争》以前に建造された多目的宇宙港〈ヒガンバナ〉には静寂が沈殿していた。照明が落ちたままの暗くて冷たい通路を複数の足音が進んでいく。シーザッツとフォルルーガが、地上にある巨塔の亜空間昇降機を用いてこの宇宙港に足を踏み入れていた。

「……見えてきたよ」

 暗闇の中にフォルルーガの声が響いた。二人は足を止め、通路の壁や床や天井に等間隔で配置された窓の外に視線を向ける。見渡す限りの宇宙空間の側面に、二人が立っている宇宙港の外壁が見えた。さらにその先に巨大な紡錘形がいくつも並んでいる。その様は宇宙を泳ぐ魚の群れにも見えた。

「あれが《人間戦争》時代に建造され、係留されたままになっている方舟級戦艦か」

「そう。僕たちの任務、回収目的だよ」

「俺たちの手にかかれば造作もない任務だったな」

 口元に笑みを浮かべるフォルルーガに続いて、シーザッツも嘲りに唇を歪めた。

「それにようやく、目障りだったファルマンを出し抜けた。俺たちが先に塔に辿り着いたと告げたときの、あいつの間抜け面は傑作だったぜ」

「ふふふ。彼は普段からあんな顔をしていたよ」

 手にした栄誉がファルマンの配慮だとも気付かずに、二人は喉を反らせて高笑いする。

 通路に響く高笑いに、足音が重なった。

「誰だ⁉」

 二人はようやく、この場に自分たち以外の招かれざる客がまぎれこんでいることに気がついた。臨戦態勢で通路の奥を凝視する。規則正しい足音は通路の遥か彼方から聞こえてくる。暗闇の中に響くその音は、闇夜に徘徊する魔物の足音のようにも聞こえた。

 しかしどうやってここに?

「そうか。私たちと同じ方法で!」

「我は、アミ」

 声は虚無よりもなお黒い。全てを内包する深さと、そして静けさと冷たさがあった。

 暗く沈んだ通路の先に銀色が浮かび上がる。漆黒のコートに、長い銀髪の男だ。背負うのは天の逆さ文字。男の両腕と両脚には巨大な手の葬星器が装われていて、それは四枚の翼のようにも思えた。

天宙(てん)から生み落とされし運命の逆さ子、(アミ)だ」

「まさかこいつは!」「《天》の首領かっ!」

 怒号とともにシーザッツが蛇の口から各種の液体を、フォルルーガが蜘蛛の肢から糸を放つ。都合十六条の軌跡は網の目となってアミを捕らえるはずだった。

 アミの拳が、すでにシーザッツの腹に埋まっていなければ、の話だが。

「私は暇ではないのだ」

「……え?」

 口から呆けた声を漏らした直後、シーザッツの体が後方にふっ飛ばされた。周囲に飛び散るのは肉や骨や内臓の破片だ。長い通路を床に着くことなく、ほぼ水平の軌道を描いて遥か彼方へと飛ばされていく。

「地上では私のために同志が死闘に身を投じているのだ。彼女の作ってくれた貴重な時間を、貴様らのような雑魚に一刹那たりとも恵んでやるわけにはいかぬ」

「ぐおおおおおおおおおおおおっ!」

 怒号とも悲鳴ともつかない絶叫を張り上げるシーザッツの蛇鎧が脱皮した。鎧が脱皮すると同時、使用者であるシーザッツの肉体も複製され補填されて修復されている。

《アーク教団》製の葬星器である《葬星装》は、技術的な問題によって他の葬星器よりも著しく再生能力が低い。しかし二人の蛇鎧と蜘蛛鎧は例外的に再生力に重きをおいて製造されていた。蛇鎧と蜘蛛鎧に備わる脱皮機能こそ、二人の不死身の正体だ。

 だが、いくら半不死を実現した脱皮といえど、体の内部に叩きこまれた衝撃力までは無効化できない。シーザッツの肉体は再生した傍から破壊を再開し、脱皮しては破壊され、脱皮しては破壊されを幾度となく繰り返していく。

 ついにシーザッツは通路の終点たる壁面に背中から叩きつけられた。衝撃で全身の骨と肉と内臓が破壊され、壁に全身を埋めるが、そこでようやく威力がつきて止まった。

「死んだ! 今の一撃で十回は死んだ!」

 すぐにフォルルーガも壁や天井に叩きつけられながらシーザッツの隣まで殴り飛ばされてきた。頭蓋骨が割れて脳漿が飛び散り、全身の骨が砕けて、内臓のことごとくを潰されながら、しかし数度の脱皮を経て完全再生する。

「どうやら我々の目的がぶつかってしまったようだが、ここは譲れぬ」

「ひっ」

 通路の先から聞こえてきた声と足音に、どちらからともなく悲鳴が漏れる。葬星器すら使わぬただの男の拳の前に、《アーク教団》の高弟二人が身を寄せ合って震えていた。

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