星を葬る 【2】
レックの足裏が石畳を砕いて急制動。応じて並走していたゼッペルの足も止まる。
戦場は大通りを飛び越えて巨塔の麓、中心市街地へと移動していた。
中心市街地には文明の英知の結晶たる高層ビルが何十本と乱立しているが、人工物としては格別の高さを誇るそれとて巨塔の膝丈にも及んでいない。空中には高架道路や市鉄の線路が浮かび、高層ビル同士も無数の渡り廊下によって無秩序に連結されている。空中から俯瞰すると、巨塔を中心として同心円状に街並みが広がっているのが分かることだろう。街の中心から離れるに従ってビルの背丈は低くなっていき、全体として逆様にした漏斗を思わせる街並みをしていた。
大通りの石畳には流星雨が降り注いだかのように無数の大穴が穿たれ、車両が無残な残骸となって燃え盛っている。何台もの車両を並べた防衛線によって大通りは封鎖され、防衛線の隙間には恐怖と不安で醜く歪んだ護衛たちの顔が敷き詰められている。
「そんなに強固な防衛線を張られたら、真正面から蹴散らさずにはいられないだろうが」
レックは獲物を前にした猛獣の悪辣さで口の端を吊り上げた。胸の前で掌に拳を打ちつけると、首から下がった認識票が不吉に揺れる。細かい傷で薄汚れた、歴戦の戦士の認識票だ。
「あ、あいつの認識票、見覚えがあるぞ」
護衛の一人、レオシュ・ヴァン・ヴァルノレーゼは喉を鳴らして呟いた。若い男だ。肩は疲労と緊張で荒々しく上下し、整えられた顎鬚は汗と汚れによって乱れている。
「あの男はテンペラン人だ!」
テンペランの名を耳にして、護衛たちに動揺が走った。
「テンペランだと⁉ 朝起きて隣国を攻め滅ぼし、昼前には海を渡り、夜寝る前には世界を一周していると言われた、あのキチガイ戦闘狂国家のことか!」
「だが、確かテンペランは七年も前に滅びたはず。その生き残りということか……」
「ふん、慌てるでない」
護衛たちの不安を押し潰すように、キュラキュラという履帯の進む音が響いてきた。音の方向、ゴルタギアの街角から顔を出したのは砂色の巨体だ。金属の塊そのものといった無骨な形状に、一本角のような主砲。戦車の威容だった。
「葬星器が二体といえど操るのは人間にすぎない。戦車の敵ではないわ!」
突如として街中に出現した戦車を前にして、さすがのレックも呆れたように眼鏡をずり落とさせた。
「なあ、お前ら実はかなり馬鹿だろ?」
「聞く耳持たぬわ!」
機銃が旋回し、けたたましい銃声が連続。
「それを食らったらさすがに死ねるな!」
兎となって逃げ回るレックを土柱が追いかけていく。弾丸が掠めていたらしく、空中には血液の尾が引かれていた。怪物じみたレックに何色の血が流れているかと思えば、普通の赤い血だった。
逃げ惑うレックに向けて、ゼッペルは銃口の狙いを定めた。引き金に指がかけられ、
ゼッペルは弾かれたように跳躍。直後、一筋の流星がゼッペルの残像を貫く。
戦場の遥か後方、ビルの屋上で黒弓を構えるフィフニの姿があった。フィフニの身の丈を優に超える強弓だ。
「ゼッペル様になにをするか!」
フィフニ目がけて戦車砲が発射され、爆発。ビルの屋上が跡形もなく消し飛ばされ、黒々とした爆炎が膨れ上がる。一拍遅れて轟音が全身に叩きつけられた。
「来るな! 来るなあああっ!」
魔物の笑みを浮かべながら、レックは一目散に防衛線へと突っこんでいく。応射される銃弾の嵐を物ともせずに防衛線へと到達し、黄金の剣を一閃。人体と装甲車がまとめて水平に両断された。装甲車は凄絶な切れ味によって飴のように滑らかな断面を見せ、一拍遅れて胸元から上を失った人体から間欠泉のように血流が噴出した。
ビルの屋上で渦巻く黒煙を突き破る影。戦車砲の直撃から逃げたフィフニが空中を下降し、ビルの壁面に足をかけ、下駄の歯から滝のように火花を散らしつつ減速をかける。
前方に伸ばした黒弓には新たな矢。鏃は円筒形に膨らんでいた。
黒弓から矢が解き放たれ、膨らんだ鏃が空中で爆裂。何百もの金属片となって飛散し、車の窓硝子が割れ、車体に穴が穿たれる。人体が蜂の巣となり、眼球が破裂し耳や指が千切れた。口からは内臓出血の鮮血が吐き出される。
飛礫の嵐の中をゼッペルは涼しい顔で搔い潜っていく。
「ええい! ゼッペル様の邪魔はさせ……なんだ?」
戦車野郎の激昂の最後が口に出されることはなかった。全員の耳に奇妙な音が聞こえていたのだ。レオシュが、護衛たちが、戦車野郎が、そしてゼッペルが上空を見上げる。