自らを縛りつける者たち 【5】
「……それが君の理由なの?」
「そうだ。それが私の理由だよ」
ルーザーとベベルはそれぞれの全身から光を放ち、乱立するビルを凄まじい速度で置き去りに飛び交っていく。ルーザーが拳を放ち、ベベルが逃げ、巻き添えを食らったビルに大穴があいた。コンクリと鉄骨が雨となって降りしきる下をベベルが魚のように逃げて、ルーザーが銛となって追撃する。
ルーザーの掌から黒い光が槍となって放たれ、ベベルが杭を射出し、両者の中間で激突。空間を引き裂かんばかりの閃光が迸り、破壊の力が吹き荒れて、瓦礫も大地も死体もなにもかもを呑みこんで消し飛ばす。
二人は命の限りを尽くす死闘を繰り広げているはずなのに、どうしてか、幼い兄弟が遊びはしゃいでいるようにも感じられた。
半球形に抉られた大地を挟んで、ルーザーとベベルが向かいあう。
「君の理由は理解した。そして、僕は私は君は決断を受け入れる」
ベベルの告白を聞き終えたルーザーは、それでも穏やかに言葉を紡いだ。星霜を閲した瞳を満たすのは慈愛。兄弟の意志を肯定し、尊ぶ、年長者の微笑みだ。
「だけど、それでも止める」
反して、黒一色の瞳が見据えるのは覚悟。眼前に立ちはだかる愛すべき兄弟を、それでも敵として断じる鉄塊の意志だ。ルーザーの両手はすでに兄弟の血によって濡れていた。この衝突は遥かな昔、自分が救世主になると決めたあの日から定められていたのかもしれない。
「……なぜだ?」
ベベルが返したのは純粋な疑問だった。『どうして人を殺してはいけないの?』と訊ねる子供のような素朴さで、ルーザーの理由を問うてくる。
ベベルは両手を広げて周囲の惨状を示した。半ばで砕けたビルに、炎上する街頭。石畳の捲れた街路に、押し潰された車。下半身のなくなった遺体に、抱き合って事切れた親子や男女。サーペントではなく、ルーザーによって引き起こされた惨状だ。
「今一度問おう。なぜ、お前は人間の側に立って戦う? お前は矛盾している。お前の戦いに巻きこまれて、付き従って、何万人の人間が死んだ? どうしてお前は、人間を殺してまで人間を救おうとする?」
「別に、それほど不思議な話じゃない」
口を開いたルーザーに、ベベルは怪訝に眉をひそめた。
「生き物はみな、生きるためになにかを殺している。それは自然な姿だ。だから人間を救うために人間を殺すのも一つの自然な姿だ。種としての人間を存続させるためには、個の人間を特別扱いすることはできない」
淡々とした言葉に反して、固く握られた拳からは血が滴っていた。理解して、納得して、覚悟して、それでもまだ無頓着ではいられないのだ。
「僕は私は、人間が滅びるのなら滅んでしまってもいいと考えている。
今さら人を殺すのは悪いことだ、人間は良い存在だから殺してはいけないなんていう、道徳や性善説を持ち出すつもりはない。ましてや同族だから殺してはいけないなんていう同族意識もだ」
あの時代、人間の側に立った救世主の主張は『人間同士が殺し合いをしてはならない』という、同族意識に基づいたものだった。結果、多くの人間を生かすために数少ない同胞たちと対立し、手を血に染めることになった。
そして今の救世主も当時と全く同じことをしている。人間を救うために、人間を危険に晒して殺している。
救世主は今も昔も矛盾していた。しかし年月を経た現在のルーザーは、かつてとは矛盾の質を変えているらしい。
「良い人間だから生かされるわけじゃないし、悪い人間だから死ぬわけじゃない。善悪は人間の是非を、存在の赦しを裁く天秤にはならない。生きているものはいつか死ぬし、産まれたものはいつか滅ぶ。盛者必衰が自然の摂理なら、いつかは人間も滅ぶと決まっている。それが早いか遅いか、それだけなんだろう」
発する言葉とは裏腹にルーザーの拳に力がこめられていった。先ほどまであった自噴ではなく、燃えるような戦意の拳だ。
「だけど、僕の私の見てきた人たちは、いつだって太陽のように輝いていた。戦っていた。彼ら彼女らの想いが、意志が、僕を私を突き動かす、抗わせる、戦わせる!
滅びが約束された結末であったとしても、僕は私は戦うことを諦めたりはしない!」
ベベルはくくっと笑った。なんだかんだと理由をつけて、結局は人間が大好きなのだ。
(なんだ。私と同じではないか)
得てして、人間が戦う理由なんてそんなものなのだろう。
「だが! それでも私の生きかたは押し通させてもらう!」
ベベルの全身から藍色が噴き出した。これまでになく強い輝きだ。応じてルーザーの全身からも黒い光が迸る。




