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自らを縛りつける者たち 【1】

 激闘を知らしめる轟音がゴルタギアを移動していく。無人の古代遺跡と化したゴルタギアの街中をレックが駆けていた。レックは右に左にと進路を変えながら、振り返りもせずに背後を銃撃。しかし光弾は虚しく空を駆けていくだけ。

 後方からの反撃が乱射され、レックは路地裏に飛びこんだ。角を二度三度と曲がり、追手が見失ったのを確認して深呼吸。

 珍しいことにレックが追われる側となっていた。

 戦場は壊滅した居住区から中心市街地に戻ってきていた。《アーク教団》の目的は巨塔だ。交戦後の移動時間を省略するため、戦いながらも巨塔へと接近しているのだろう。

「まあ、そう考えているのはこっちも同じなわけだが」

 レックは独り言ち、剣の刃に視線を落とす。あちらからこちらへの時間稼ぎで剣の刃毀れは粗方修復され、銃の冷却も充分だ。レックの口元に凶悪な笑みが浮かんだ。

「逃げ回るのにも飽きてきたところだ。そろそろ攻勢に転じさせてもらおうか」

「いつまで隠れているつもりだ? デカい図体のくせしてネズミのようだな!」

 表通りから侮蔑の声が聞こえてきた。レックは建物の陰から剣を伸ばし、剣身を鏡代わりにして様子を窺う。

 追手は二人。藍銅石(アズライト)の蛇鎧に身を包んだ迷彩服の男と、孔雀石(マラカイト)の蜘蛛鎧に身を包んだコートの男だ。どちらも量産型を個人仕様に改修した高弟用の葬星装で、背中からは蛇の首が八つと蜘蛛の肢を八本伸ばしている。

 侮蔑の言葉を吐いたのは蛇鎧のほうだ。

「やめなよシーザッツ。彼はあれでも一生懸命なんだ」

「お前はつまらねーんだよ、フォルルーガ」

 シーザッツと呼んだ蛇鎧の言葉を、フォルルーガと呼ばれた蜘蛛鎧が窘めた。しかしその口調には蛇鎧と同様、隠しようのない嘲りが含まれている。

 音はしなかった。建物の陰から飛び出したレックが一足で蛇鎧のシーザッツへと肉薄。剣が振り抜かれて左肩から右脇腹へと一刀両断。

「……やっ」

 シーザッツの口から血反吐と怨嗟が吐かれるよりも早く、レックは蜘蛛鎧のフォルルーガに向けて引き金を引いていた。光弾がフォルルーガの顔面、胸、腹を貫いて焦げた臭気とともに肉片を撒き散らす。

「やりやがったな!」

 一拍遅れてシーザッツは怒号を放ち、その顔面から股間までを剣が一気に走り抜ける。

 直後にレックは弾かれたように跳び退いた。レックが逃げた軌跡を追いかけて空中を何条もの糸が飛んでいく。見れば即死の攻撃を受けたはずのフォルルーガが無傷の姿で立っていた。蜘蛛の肢がレックに向けられ、先端から糸を放出。糸は路面に落ち、粘着性によって張りついた。レックの足を止めるつもりだ。

 レックは右に左にと飛び跳ね、路上放置された車をフォルルーガへと蹴り出し、建物の壁を突き破って屋内へと侵入。鼻歌混じりに商店の内部を闊歩し、棚から檸檬をくすねると握力で潰して溢れた果汁を口で受け止める。

 レックは入ってきたときと同じように壁を蹴破って屋外へと抜け、その鼻先を液体が掠めた。液体は異臭を上げて壁を溶かしていく。レックが視線を動かすと、体を四分割されたはずのシーザッツも無傷となって立っていた。

 シーザッツの蛇頭が次々に液体を吐き出していく。液体は接着剤となって凝固し、炎となって吹き荒れ、そして着火して爆裂。放置車両が炎上し、そこかしこに転がる死体が挽き肉となっていく。接着剤に強酸に焼夷に液体爆薬と、実に多種多彩な攻撃だ。

 液体から逃げ惑うレックの目と鼻と喉に刺激。不可視ではあるが、おそらく毒ガスをも散布していたのだろう。レックの眼球と鼻腔、そして口から出血が始まっていた。

 なんとなく分かってきた。二人の葬星装はベベルのフルメタルハートと同じ思想を根幹に製造されているのだ。しかしそれでも、

「弱い」

 つまらなそうに呟いたレックの拳がシーザッツの顔面に叩きこまれた。溶解液も接着剤も炎も爆発も搔いくぐって接近したレックの一撃だ。

「仮想敵にもなりゃしねえ」

「シーザッツ!」

 追いついてきたフォルルーガが怒号と糸を放ち、糸は剣に付着した。

「捕らえた!」

 フォルルーガが好機に顔を輝かせると同時にその顔が消失。次の瞬間にはフォルルーガの体は弾道を描いて宙を舞っていた。レックの手にはフォルルーガの放った糸が握られている。

「お前が捕らえたということは、逆に俺もお前を捕らえたってことなんだよ」

 フォルルーガはシーザッツに激突した。二人で絡まり合いながら転がっていき、レックがウサギ狩りのように銃撃を繰り返す。路面が抉れて凄まじい土埃が舞い上がった。

 レックの手が止まって銃撃の嵐がやんだ。土埃がおさまると二人の姿はなくなっていた。逃げたのだ。

 レックは苛立たしげに「ちっ」と舌打ち。銃を後ろ腰に戻そうとして、再び銃口が跳ね上がった。薄暗い建物の隙間へと照準を固定する。

「誰だ? 出てこい」

「う、撃たないで!」

 レックの両目が見開かれた。聞き覚えのある声だ。

 路地に足音が響き、人影が姿を現す。桜色の髪に褐色の肌の女、レッチェルだ。レッチェルは不安と怯えの混じった視線でレックを見つめている。

 レックはぎりりと歯軋りした。考えられる中で最悪の展開だ。

「なによ、なんなのよこれ⁉ もうわけ分かんないわよ!」

 立て続けの異常事態で頭が破裂寸前だったところに、レックとの再会で張り詰めていた糸が切れてしまったのだろう。レッチェルは癇癪を起したように怒鳴り散らして、レックに一歩を踏み出した。

「それ以上近付くな」

 冷徹な声が銃声となってレッチェルの足元に突き刺さった。

「ど、どうしたの?」

「それ以上近付いてきたら、俺は君を撃たなければならなくなる」

「じょ、冗談よ、ね?」

「……初めから、怪しいとは疑っていたんだ」

 レックは努めて無機的な口調で疑問点を並べていく。

「最初の遭遇も、襲撃から逃げた先で鉢合わせするなんて退路を誘導されたとしか思えない。軍属だった俺の長距離走に、なんの訓練も受けていないただの女が何時間も引き離されずについてこられるはずがない」

 レックの脳裏にはレッチェルと出会ってからの記憶が思い返されていた。

「その後もお前は、なぜか俺の近くに居続けていた。なにかにつけて再会するのも、運命だと思えるほど夢見がちじゃない。先回りされていただけだ」

 そこでレックは一旦言葉を区切り、心の底から悲しそうな顔をした。

「第一、俺に興味のある女なんて、刺客か変質者だけだと決まっている」

「そ、それはちょっと、自虐がすぎるんじゃ……」

 レッチェルは少なからず後すさっていた。心なしか表情も引きつっている。対するレックの表情は先ほど以上の深い悲しみに彩られていた。

「お前は、天の仲間なんだろ?」

「違う。私は天の一員なんかじゃない」

「……今の一言は決定的だったな」

 レッチェルの反論にレックは強く瞼を閉じた。食い縛った唇から血が流れる。

「俺は『天の仲間』だと言った。それに対してお前はこう答えたんだ。『私は天の一員じゃない』、ってな。どうして《天》が組織の名前だと知っていた?」

 今度はレッチェルの両目が見開かれる番だった。レッチェルは石のように固まり、やがてその口から諦めにも似た溜め息が吐き出される。

「残念だわ。貴方がこのまま気付かなければ、私たちはきっと仲よくなれていた」

 レッチェルの左手が右の袖を破り捨てた。袖に隠されていて分からなかったが、二の腕には巨大な腕輪がはめられている。腕輪が展開し、巨大な右腕型の葬星器を形作った。サーペント戦で援護していた葬星器だ。

「本当に残念」

 レッチェルの憂いを帯びた視線と、レックの鋭い視線が激突した。

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