星を葬る 【1】
ゼッペルの手が空中を踊る。まるで絵画を描くように、音楽を指揮するように、優雅な曲線を撫でていく。
手の舞踏が止まり、不可視の力が空中で結実。なにもない空間に出現したのは歪んだ黒塗りの体、物悲しく回り続ける車輪、内臓のような配管。ゼッペルの足元で裏返る高級車が、破損もそのまま空中に作り出されていたのだ。
フィフニとレックは驚愕よりも強い嫌悪で顔を歪めていた。
「趣味悪いな」
高級車から水音。潰れた屋根の隙間に見えるのは、圧死した運転手と頭部を貫かれた秘書。人間の死体までもが精巧に再現されている。
それが三台。
ゼッペルの手が振り下ろされ、空中に浮いた三台の高級車が三人へと襲いかかった。
「戦略的撤退!」
フィフニがカウンターの奥に飛びこんだ直後、残像を掠めて高級車が店の奥に突っこんでいった。高級車は壁を貫いて路地裏へと飛び出していく。
高級車が激突する轟音は二重に響いた。
「で? まさかこれで終わりか?」
聞こえたレックの声は余裕と嘲りに満ちていた。ゼッペルの護衛たちが息を呑む。
レックに襲いかかったはずの高級車は止まっていた。レックの右腕が前方に伸び、片腕で高級車の突進を押さえこんでいたのだ。
「そういえば、私の乗る車を蹴り飛ばしたのは、確か貴様だったな」
「おう。さすがにお高い車は違うな。結構いい蹴り心地だったぞ」
レックの口元に邪悪な笑みが刻まれた。高級車の後輪が浮き上がって天井へと振り上げられる。車体が喫茶店の天井を突き破り、破片が舞い落ちてきた。
「さぞかし殴り心地もいいんだろうな」
「ゼッペル様をお守りしろー!」
乾いた音。護衛の一人が発砲したのを皮切りに銃声が連続する。銃弾は吸いこまれるようにレックの後頭部に直撃し、そして甲高い音と火花を散らして弾かれた。
「がああああああああああああっ!」
レックの喉から獅子吼が迸り、特大の鈍器となった高級車が振り下ろされた。交差した腕の防御ごとゼッペルを叩き潰し、砕けた床材と粉塵が間欠泉のように舞い上がる。
背後の護衛たちに向けたレックの横顔は邪悪な笑みを浮かべていた。取り出した煙草を口に銜えて上下に揺らせる。
「悪い。火、くれよ」
恐慌に陥った護衛たちが闇雲に引き金を引きまくる。銃弾はレックの全身を秋の驟雨の如く強烈に叩くが、それだけだ。弾丸はレックの肌に到達すると同時、甲高い悲鳴を上げて跳ね返り、あるいは火花を放って砕け散っていく。レックの体には掠り傷一つついていない。まるで装甲のような皮膚だ。
「死にたいやつからかかってこい」
レックが口に銜えた煙草から紫煙が漂っていた。銃弾の生み出した火花によって着火したのだ。気だるげな息遣いで紫煙が肺に吸いこまれていく。
「死にたくないやつは、こっちから殺しにいってやるよ」
レックの腕が横薙ぎされて高級車を投擲した。高級車は護衛たちの四輪駆動車に激突し、護衛の何人かが墜落する高級車と横転する四輪駆動車の下敷きとなる。
レックは踊るように喫茶店から飛び出した。疾走し、勢いのまま目の前で進路を塞いでいた車を蹴り飛ばす。車は背後にいた護衛を巻きこんで後方の車に激突、護衛は前後から挟まれて圧死させられた。
レックの拳が男の顔面に叩きこまれ、頭蓋骨を粉砕して歯と眼球と血と脳漿を飛び散らせる。長い脚が弧を描いて護衛の腹部に直撃し、護衛の体がくの字を通りこして平行線になるほどの衝撃が襲った。当然、背骨や内臓は滅茶苦茶に破壊されているはずだ。
レックが腕を振るい、蹴りを放つ。それだけで人体が破壊され、次々と死体が量産されていく。技術もなにもない力任せ一辺倒、子供が暴れているかのような殺戮だった。
レックの左腕が腰の後ろから銃を引き抜いた。拳銃と評するのもおこがましいほど巨大な黒装丁の銃だ。引き金が引かれて銃口から光球が飛翔し、光球が護衛の一人が上半身を木端微塵にして消し飛ばされた。肉片と骨と血の挽き肉が後方に降り注ぎ、背後にあった車体に大穴が穿たれる。一拍遅れて車の燃料に引火して爆発が起こった。
レックの握る銃は壮絶な威力を見せつけていた。弾丸は物体ではなくエネルギー体。この時代のどこでも作りえない超技術だ。
「あの銃……まさか《葬星器》かっ⁉」
「《人間戦争》時代の古代兵器か! そんなものをどうやって相手すればいいんだよ⁉」
絶命した人間たちの肉片と血潮が降り注ぐその中で、レックはゆっくりと煙草の紫煙を吐き出し、鼻に乗せた眼鏡の位置を直す。
「揃いも揃って弱すぎるだろうが。都会っ子でももう少し頑張るぞ?」
レックの口から失望と呆れの呟きが零された。
「ここでは視界が悪いな」
声がすると同時に、レックに背中に衝撃が突き刺さる。ゼッペルの飛び蹴りによってレックの巨体が浮き上がり、大通りの反対側まで蹴り飛ばされていた。
レックは石畳の路上で受け身を取って一回転。両足で着地すると同時に右手が左腰から剣を取り外す。瞬時に鞘が分解され、黄金の刃を持つ長大な剣が姿を現した。
「二体めの葬星器だとっ⁉」
護衛たちの驚愕と狼狽も尻目に、レックとゼッペルは横移動。
レックの左腕が跳ね上がり、引き金が引かれて光弾が飛翔。そしてゼッペルもレックと全く同じ動作で右腕を跳ね上げ、指を引いた。
レックの顔が驚愕に染まる。ゼッペルの右手にはレックが持つ銃と全く同じ銃が握られ、同じように光弾が飛翔したのだ。
二つの光弾が両者の中間で激突し、凄まじい光と熱と衝撃波が発生した。二人は全く同じ動作で後方跳躍し、光弾の巻き起こす破壊から避難する。
いつの間にかゼッペルの左手には、レックと全く同じ長剣が握られていた。
「葬星器の複製……いや、こちらの動作までも含めた複写がお前の能力ってことか?」
「正直に答えるはずがないだろう」
路上で燃え盛る炎が、レックの不敵な笑みとゼッペルの無表情を照らし出した。