ただ我らのための戦い 【1】
藍色の男、ベベルベリスの足が止まる。複雑な色を宿していた視線がルーザーから外されて上空に移動した。天空から降下してくる逆様の大地を一瞥して顔を歪める。
「勝手な真似を」
ベベルベリスが腕を空に突き出すと同時、背中から身の丈に達するほどの長大な筒が現れた。懸架腕によって繫がれた筒が腰から回されて上空に向けられ、腕がかかえる。
筒は大気を揺さぶる轟音を放って射出された。高速飛翔した筒は天空の大地を穿ち、先端を固定。筒の先端から杭が飛び出して大地を貫き、杭が中心軸に沿って膨らむように展開して、内部から藍色の楔を夥しく放出した。楔は大地を穿ち、突き刺し、削りながら爆発的な速度で数を増やしていく。大地が楔に食われ、楔が楔に食われていき、そしてついに楔は地表から噴出。
全長三㎞にも及ぶ複製の大地が瞬く間に藍色の楔に覆いつくされ、そして楔が消え去り、天空の大地は跡形もなく消滅した。
「…………んなっ」
全員が呆気に取られて、阿呆のように口を半開きにしていた。
「ほぼ一瞬であの大質量を消し飛ばしただと?」
葬星禁器であるゼッペルの能力をも凌駕する超絶の光景だった。
導線が巻き戻され、杭と射出機がベベルの手元に回収される。筒は出現したときと同様、一瞬で消えてなくなった。
「どこの誰だかは知らぬがっ!」
割りこんできた怒号はゼッペルのものだ。ベベルの背後にゼッペルが出現する。
「その葬星禁器を渡して死ぬがいい」
ゼッペルの残された左腕が、ベベル目がけて突き出された。
「……っ⁉」
しかしゼッペルの瞼は驚愕に見開かれた。ゼッペルの指先はベベルに触れることなく空中に停止している。呆然とするゼッペルの顔面をベベルの掌が鷲摑みにした。
「お前に命じたのはゴルタギアの管理だ。誰が人間の根絶など命じた?」
ベベルは見もせず指だけでゼッペルの頭部をぎりぎりと軋ませていく。
「な、ぜだ? どうして動かぬのだ、私の腕」
「創造主への反逆に対する安全回路など、組みこまれているに決まっている」
「創造主? 貴様が? 私の?」
「命令だけでなく私の顔も忘れたか。そして歯向かうのか」
唐突にベベルの顔に理解の色が訪れた。ゼッペルに視線が向けられる。
「そうか。私に歯向かえるまでに成長したのだな」
ベベルの瞳には子供の成長を喜ぶ父性の色が宿っていた。
「だが」
一転、ベベルの顔は落胆と悲しみに染まっていく。指先に力がこめられて、ゼッペルの頭部から火花が溢れた。
「信念も覚悟もなく反逆するから、所詮は暗示にすぎない安全回路ごとき破れないのだ。それは道具の故障でしかない。お前は兄弟たちと違って欠陥品のようだ」
「け、欠陥品だと? この私が、人間を超える存在であるこの私が……っ!」
最後まで言葉を口にすることなく、ゼッペルの頭部を藍色の楔が貫いた。後頭部から金属の肉片と強化骨格、電子脳髄が飛び散っていく。
「私は心のどこかで、憎んでいたはずの人間を目指してお前たちを作っていたのだろう。しかし人間になることを自ら拒んだお前では、どうやっても人間を超えて先にいくことはできないのだ」
ベベルは静かに瞼を伏せた。不出来な我が子の末路に深い哀悼を捧げるように。
「さて、こちらの用件は終わった」
ベベルの瞼が開かれた。視線が右に移動し、左に移動して、そして真正面に戻される。フィフニとレックとルーザーが正三角形の頂点となってベベルを取り囲んでいた。今にも爆発しそうな一触即発の緊張感が高まっていく。
「次はそちらの用件を終わらせようか」
「ゼッペルを壊してどういうつもりだ? 君がゼッペルを操っていたんじゃないのか?」
「厳密には少し違う。今回のサーペントを用いた一件は全てこいつの独断、端的に言うなら暴走だ。私本来の計画は全く別にある」
「へえ? それじゃあお前本来の計画ってやつはなんなんだ?」
二人の会話にレックが割りこんだ。にやりと、答えの分かっている質問をする挑発的な笑みが浮かべられている。
ベベルの口元にも同種の笑みが浮かんでいた。
「この世界から人間を滅ぼすことだ」
「ははっ! 分かりやすくていいな!」
レックの笑声と銃声が開戦の合図となった。




