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あるいは太陽の日々 【4】

 いつのころからか、私は居候する義理として彼女の仕事を手伝うようになっていた。彼女は死別した両親の仕事を引き継いで菓子店を切り盛りしていた。菓子職人である彼女が焼いたケーキに細工を施すのが私の役割だ。

 菓子店の厨房には砂糖やバター、季節の果物の甘い匂いが満ちていた。今日も彼女の手によって焼かれたケーキが私の前へと運ばれてくる。

「これは初めて見るケーキだが、私はどうすればいいのだ?」

「えっとね、文字を書いてほしいの」

「なんと?」

「『一年間ありがとう』って」

 私は思わず彼女に目をやっていた。そういえば、彼女と出会ったのは一年前の今日だ。彼女に言われるまで完全に忘れていた。

 彼女は不思議そうに私の顔を覗きこんでいる。そして突如として顔を真っ青にした。

「しまった! 吃驚演出が!」と頭をかかえてしまう。

 ……頭をかかえたいのは私のほうだ。なにが悲しくて自分を祝う言葉を自分で書かにゃならんのだ。まるで私が間抜けか寂しいやつみたいではないか。

「かっ、かくなる上は!」

「脱ぐのはなしだ」

 私が先制して阻止すると、彼女は衣服の襟元を摑んでいた手をすっと下ろした。

「……ごめんなさい」

 しゅんとして項垂れた彼女に、私は「気にするな」と声をかける。

「それに、ありがとうは私の台詞でもある」

 私が少々ぶっきらぼうに言うと、彼女はぱあっと顔を輝かせて私に抱きついてきた。彼女の服はいつの間にか脱げている。なんでだ。

 私はどんな顔をしていたのだろうか? 嬉しかったのか、それとも照れていたのか。ただ、私の腕の中にいる彼女が、とても大切な存在に思えていた。

 そしてなによりも、彼女の胸骨がごりごりと当たってきて凄まじく痛かった。



 私と彼女が出会ってから、実に数年の歳月が経過していた。夕日が赤く染める世界の中を、私と彼女は並んで歩いていく。

「一つ訊いてもいいか?」

 私はかねてからの疑問を口にした。彼女は「なあに?」と訊き返してくる。

「どうして私を家に招き入れたのだ? 君の性格が分かった今でも、そのことだけがどうにも不用心に思えてならないんだ」

「そう、ね……」

 彼女の態度は歯切れが悪かった。逡巡しているように思えた。それでも彼女は一度頷くと、まっすぐに私の顔を見上げて言った。

「だって行くあてがないって口にしたときの貴方、土砂降りの日に捨てられた子犬のような目をしていたから……」

「私が、か?」

 私は怪訝な顔をした。そして当時の自分を思い浮かべる。

 意識はしていなかったが、不安、だったのだろうか? いつの時代かも、仲間の居場所も分からず、私は途方に暮れて不安で不安で仕方がなかったのだろうか?

 自分でも気付かなかった心の奥底を彼女に見抜かれていたと?

 そうと理解した途端、急に顔が熱くなってきた。なぜかとてつもなく恥ずかしい。

 だが、

「だけど今は、君がいる」

 その言葉だけは、迷うことなく口にすることができた。

 私の手が彼女の手を握ると、彼女の手が私の手を握り返してくる。

 私がその気になればいつでも彼女を殺し、この街を滅ぼせる。世界を再び戦火で焼くことができる。

 それをしないのは、もう、気まぐれなどではなくなっていた。

 私と彼女は寄り添って歩いていく。

 私が愛した女はとても平凡で、少しだけ抜けたところがあって、そして信じるものを持っている女だった。

 彼女と出会って、私は一人の人間になっていた。

 私にとって、それは太陽のような日々だった。

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