あるいは太陽の日々 【3】
なによりも必要なのはこの時代の情報だ。私は可能な限りの情報を集めることにした。そして私たちの戦いが《人間戦争》と呼ばれていること。勝者のいないまま自然終結したこと。それから気の遠くなる時間が流れていることなどを知った。
同胞は何人が生き残っているのだろうか? 救世主は?
それらを確かめるすべはない。
私は溜め息とともに開いていた本を机に置く。正直なところ途方に暮れていた。
何気なく視線を向けた窓の外には天を突く巨塔が聳えている。私はその巨塔に見覚えがあった。おそらくはあの男が作ったであろう滅びの塔だ。
「いいかしら?」
扉が叩かれる音とともに訊ねる声が聞こえてきて、私が了承を口にすると、ひょっこりと女が顔を出した。
「また本を読んでいるんですか? 熱心ですね」
現在私が拠点としているこの部屋は、女の家の一室だ。あのあと、私には行くあてがないと口にすると、女は私を家に招いて下宿させてくれると申し出てきた。なんでも亡くなった両親の部屋だとかで、おあつらえ向きに多くの書物が残されていて大いに活用させてもらった。
しかし、感謝の表明なのだろうが随分と不用心な女だ。初対面の人間、それも男を好意的に家に住まわせるなど、余程のお人好しなのか、あるいは頭の螺子が足りないのだろう。
「お昼ご飯用意したから、よければご一緒しませんか?」
「……頂こう」
家主との関係を悪くして隠れ家を失うわけにはいかない。私は大人しく女の提案に従うことにした。
食堂へと歩いていく女のあとを追いながら、私は不意に疑問を覚えた。どうして私はこの女を殺そうとしないのだろうか? ここで得られるものは全て得た。ならばこの女を殺し、この街を滅ぼし、別の場所に移動するのが道理ではないのか?
自分の考えが理に適っていると判断した私は、女の命を奪うべく腕を持ち上げた。
「うふふっ」
前方を歩く女から笑い声が漏れた。思わず私の腕が止まる。
「……なにが、おかしいのだ?」
「いえ、おかしいんじゃなくて、嬉しくて」
どういう意味だろうか? そのとき私は気付いてしまった。
「今まではずっと一人の食事だったけど、貴方がきてくれてから毎日が楽しくて、それがとても嬉しいの」
女はくるりと振り返って私に笑顔を見せた。その瞬間だ。女は肩から足首までのワンピースを着ているのだが、背中の留め具が襟から腰まで全開だった。女が振り返った拍子にワンピースがすとーんと足元まで一気に落ちた。女は半透明の肌着に下着だけの扇情的な姿となる。
「あ、あの、これは、その……」
女は例のように赤面して眼球を大回転させた。もう何度も繰り返してきた場面なのだから、いい加減に慣れろと言いたい。
「う……うっふ~ん」
なにを思ったか、女はしなを作って私に蠱惑的な視線を送ってきた。
「……私にどうしろというのだ……」
今日はまた一段とキツイ。どうにも気勢を削がれてしまった。
それにしても、どうして私はこの女を殺していないのか? おそらくはただの気まぐれだろう。
公園を吹き抜ける風に晒されながら、私の手は彫刻刀を操って石の塊を削っていく。人型を作っているときに始めた暇潰しだが、考えごとに没頭するには丁度よかった。
私はニンゲンが憎かった。
私だけではない。多くの《葬世者》がニンゲンを憎んでいた。
私たち《葬世者》はニンゲン同士の争いのために作り出された人間兵器であり、《葬星器》と同じく戦争のための道具だった。
世界的に名の知れた天才武闘家に科学者に発明家、そして詐欺師や犯罪者。彼ら彼女らの形質を選別して組み合わせた遺伝子調整児を土台に、さらに〈フラスコ〉の金属細胞の形質を組みこむことで私たち《葬世者》は生み出された。
要するに私の作った人型や、山吹色の男が作った生物型の葬星禁器とは全く逆の工程になる。葬星器を生物の形にしたのではなく、生物を葬星器にしたわけだ。半生体半フラスコの肉体を有する《葬世者》は、人間と《葬星器》の融合体と言い替えてもいい。
自ら思考し、学習し、成長し、そしてより優れた形質を子孫に継承させようとする生物としての特性。葬星器に準じる膂力に、耐久力に、回復力に継戦能力を併せ持った、かつてない兵器の誕生だ。
しかし、兵器として生み出された私たちの意思はどうなる? 望まぬ戦いを強いられることに憤慨する者がいた。作られた不自然な命である負い目から、自然な命を逆恨みする者がいた。生物としての優秀さからニンゲンを見下す者がいた。あるいは優れた自分たちが世界を管理したほうが平和を実現させられると合理的に判断した者がいた。敵を殺し、味方を殺され、憎まれ、喜ばれ、精神を壊す者がいた。そして兵器として生み出された経緯から、単純にもっと大きな戦いと破壊を望む者がいた。
彼ら彼女らがニンゲンに反旗を翻したのは必然だったのだろう。皮肉なことに、《人間戦争》とは兵器として生み出された我々《葬世者》の精神的な未熟さが引き起こした災厄だったのかもしれない。
私はニンゲンが憎かった。
私にとってニンゲンとは、不条理を押しつけてくる邪悪な存在だったのだ。
私は自由を得るためにニンゲンと戦った。
私が戦えば戦うほど、ニンゲンたちは次々に敵意を向けてきた。
ニンゲンは根絶やしにしなければならない。
でないと私は、私たちは、ニンゲンに殺されてしまう。
私がニンゲンを憎む根源的な理由、それは恐怖だったのかもしれない。
「くっ」
手が滑り、彫刻刀が私の指を突き刺した。指先から流れるのは銀色の血だ。この血の色もニンゲンから押しつけられた忌むべきものだ。
傷口はすぐに塞がったが、気分ではなくなってしまった。私は彫刻刀と石の塊を手放すと視線を前方に向ける。
今、私の前では女が子供と戯れていた。名も知らない近所の子供だったが、女は実の弟と遊んでいるかのように楽しそうに笑っていた。ただ、「よく裸になるおねーちゃん」と呼ばれているのには悲哀を覚えずにはいられない。
太陽に照らされて笑う女は、美しかった。
……ああ、そうか。私は女に興味を持った理由が分かってしまった。
女は命の大切さを知っているのだ。例えそれがよからぬ命であったとしても、命は存在するだけで尊いことを知っている高潔な女性なのだ。
私は彼女のことをもっと知りたくなっていた。




