あるいは太陽の日々 【2】
「う~さぎうさぎ~、水玉うさぎ~、月まで跳ねて~、串刺しされた~。串刺しうさぎはいいうさぎ~。わ~るいうさぎに血の雨降らす~。わ~るいうさぎは血の雨に濡れ~、天に逆巻~く血ぃ~の雨吐いた~」
「きゃああああああああああああっ!」
悲鳴が聞こえた。私が発声練習がてらに歌を口ずさんでいるときだった。
声の聞こえてきた方向に目を凝らすと、少し先にニンゲンが数人集まっているのが見えた。なにやら揉めごとが起きているようだ。
ニンゲンが生き残っているということは、どうやら我々の戦いは失敗したようだ。
気持ちよく歌っていただけに、私は少々気分を害されていた。憂さ晴らしの相手を求めて、私の足はニンゲンたちに向けて歩き出す。
近付いていくと、男が数人と女が一人だと分かった。男たちは嫌がる女の手を摑んでいて、どう見ても女がちょっかいをかけられている感じだ。
男たちは私の接近に気がついて口から唾を飛ばしてくる。なにかを怒鳴り散らしているようだが意味は分からない。私のいた時代からは少々言葉が変化していた。酷い訛りを聞かされている感覚だ。
どうせ罵詈雑言の類なので聞くだけ無駄だろう。女もなにかを叫んでいるようなので、私は女の言葉に集中することにした。女は私に向けて手を伸ばし、必死になにかを訴えている。助けて、か? ……いや、違うな。……逃げて、だろうか?
「ふんっ」
私は思わず失笑していた。そして歩を進めていく。
「逃げる必要などないな」
この私に逃げろだと? この旧いニンゲンの女は、新しい人間である私に向けて逃げろと言ったのか? そうでなくても自分が危機的状況に陥っているというのに、見ず知らずの私の身を案じたというのか?
少し、興味が出てきた。
「喜べ女。私がお前を救ってやろう」
そして数秒後。私の周囲には全ての暴漢が倒れ伏していた。拳だけで相手をしたとはいえ、病み上がりの復帰訓練にもならない連中だった。あの時代のニンゲンだったらば、私が命の危機を覚えるほど必死に挑みかかってきたものだが。
私は一歩進み、倒れる暴漢の目の前に立った。
「ひっ、ひいいいいいいっ! たっ、助けてくれようっ!」
ここまでの会話ですでに言語の大方は理解できていた。しかし、今まで散々暴言を吐いていたかと思えば、今度は「痛え、痛えよ!」「うあああああ、ひいいいいいい……」
「ママー! ママー!」と泣き言ばかり口にしている。やはりこいつらの言葉に聞く価値などなかったようだ。
「相手も見抜けず歯向かった、自らの愚かさを恨むんだな」
速やかに暴漢たちを絶命させるべく私は貫手を振りかざし、突き出して、腕に抵抗。視線を動かすと私の腕に当の女がしがみついていた。
「命までは取らないで。お願いです」
私は思わず我が耳を疑っていた。
「貴様は、気でも狂っているのか?」
私は正直な印象を口にした。
「自分自身が暴行に及ばれる寸前だったのだぞ? なのにその相手を見逃せだと?」
私の疑問に女は頷いた。私は増々渋面になっていたことだろう。
戯言だ。私に女の願いを聞いてやる義理はない。暴漢を始末したことで騒ぎが起きたとしても、周囲のニンゲンを皆殺しにして騒ぎを沈めればいいだけだ。この女も一緒に。
「おい貴様ら」
私は暴漢に向けて口を開く。最後の言葉を言うために。
「命だけは見逃してやる。だから逃げろ」
私はなにを口にしているのだ? 自分の意思で喋っているはずなのに、どうしてそんなことを口走っているのか理解できない。
「もしも再び私の目に触れるようなことがあれば、そのときは容赦なく貴様らの命を奪う。だから逃げろ。私の目に触れぬよう、世界の果てまで逃げろ」
私が言い終わらぬ内に暴漢たちは逃げ出していた。負傷しているとは思えない逃げ足の速さだ。私は呆れて顔を歪めるしかなかった。
「それだけ速く走れるのなら、もう少し必死に抵抗すればいいものを」
ここで殺しておいたほうが社会のためだったのではないだろうか? 旧いニンゲンの社会など、どうせ滅ぼすつもりなのでどうでもいいのだが。
「あ、あのっ」
声が聞こえた。視線を向けると、女が私に頭を下げる。
「ありがとうございます」
なぜかは知らないが、女は私に感謝してきた。おそらく暴漢を見逃してやったことに対して礼を言っているのだろう。
「……意味が分からないな。どうして自分を襲おうとしていた連中を見逃して、貴様が礼を口にする?」
「それでも、です」
女は心の底からの謝意に満ちた顔を上げる。するとどうだろう。暴漢に襲われた際に綻びができていたのか、衣服が空中分解して女は一瞬であられもない姿となっていた。秘所を覆い隠す慎ましやかな下着だけとなる。
「あ、あの、これは、その……」
女は耳まで真っ赤になっていた。混乱のあまり目玉がぐるんぐるんと大回転している。
私の視線は女の顔から胸、薄く肋骨の浮かび上がった腹から細い下腹部、そして棒のような太腿へと移動し、また逆の道筋を辿って女の顔まで戻ってくる。
「……で?」
「こ、これは、見せ乳です!」
女は得意げな顔で胸を反らすが、悲しいかな胸は真っ平らだ。
……とんでもない大事故に遭ってしまった。吐血したい気分だ。
このときの私は、生涯でも一度や二度あるかないかの優しい顔をしていたと思う。命が燃えつきる寸前の、断末魔の微笑みを。




