いつか見た嵐のように 【9】
キルアークが横一閃され、剣身が蛇腹に変化。前後左右上下とやたらめったら振り回され、分身体の胸部を貫き、手足を飛ばし、首を刎ねて、胴体を薙いでいく。
「蛇腹剣はこう使うんだよっ!」
さらに黄金の蛇腹剣の剣身が枝分かれした。節々で枝分かれに枝分かれを繰り返し、世界樹の枝葉となって周囲一帯を呑みこんでいく。百にも千にも枝分かれした切っ先によってゼッペルの分身体はことごとく串刺しとなり、僅か数秒で殲滅されていた。
ルーザーの拳を埋めたゼッペルの腹部から黒い光が漏れ出した。黒い光は徐々に強さを増していく。
「私はこんなところで終わるわけにはいかないのだ! 過去の同胞と同じように、葬世者のように、人間を根絶やしにするまでは……っ!」
「まだ、気付かないの?」
ルーザーの冷たい声が聞こえた。同時にゼッペルの腹腔から黒い光が溢れ返り、一気に噴出。衝撃も音もない爆発が起きたかのように世界は一瞬で黒一色に呑みこまれる。
しばらく続いたかと思われた黒い光の氾濫は、時間にしてみれば一瞬のことだった。すぐさま黒が引いて世界に色が取り戻される。
なにかの落ちる音が遠く鳴り渡った。瓦礫の山の中央に、右腕と腹部から下を失ったゼッペルの上半身が墜落していた。
「かつて一つの問いがあった。〝強さとはなにか?〟という問いだ」
意図の分からない問答を口にしながら、ルーザーは淡々とゼッペルに歩いていく。
「その問いに対し、一人の男はこう答えた。『強さとは得体が知れないことだ』と。彼の作り出した葬星禁器は、彼の言葉どおり人間と見分けのつかない姿形をしていた」
ようやくゼッペルにもルーザーの言わんとしていることが分かってきた。ルーザーの指先がゼッペルに向けられる。
「君は《葬世者》じゃない。君は人間じゃない。君は生物ですらない。君は四十八つ作られた《葬星禁器》の一体、不完全たる人型《パラドキシカル・ワイザード》だ」
ルーザーたち三人がゴルタギアを訪れた目的はサーペントの破壊ではない。最初から最後まで徹頭徹尾、もう一体の葬星禁器であるゼッペルの破壊だった。
「君の目指す人類根絶は、所詮あの男に書きこまれた命令にすぎない」
「それがどうした?」
ゼッペルの口調はいやに平静としていた。動揺も混乱も反抗もない。感情のないゼッペルに心的挙動を求めることが間違いだったのだろうか?
得体の知れない違和感を覚えたその直後、ルーザーは異変に気がついた。サーペントの巻き起こした災害によって街は炎に舐められ、空は黒煙と粉塵の作り出した黒雲によって闇色に呑みこまれていた。黒一色の黒煙のさらに上空に別の黒い影が見える。この現象には見覚えがあった。
「誰かに作り出された存在意義だと? それがどうした。私が誰かの操り人形だからどうだというのだ? 自分で定めた存在意義のほうが崇高で尊いとでも言うつもりか?」
黒雲が突き破られ、天空から逆様の大地が落ちてくる。
「誰かに定められようが、自分で定めようが、存在意義は存在意義だ。全ての存在は使い道があって初めて価値を得る。息を吸って吐いて無為に生きて死んでいくだけなら、そこにあるだけでなんの役にも立たないゴミと変わりはしない。私は自らの存在意義を投げ捨てて、道具からゴミに成り下がるつもりはない」
「いや、これ、昨日よりも大きくねえか?」
言ったレックが眼鏡を使って計測すると、複製された大地の直径は昨日の八〇〇mに対して三㎞にも達していた。地表に達すれば周辺どころか、ゴルタギアそのものが一撃で壊滅する巨大さだ。
「一度の計画が潰えたからと諦めるのは愚の骨頂だな。また一から始めればいいだけのこと。今ではないいつかの時代、ゴルタギアではないどこかでな」
ゼッペルの腕が振り下ろされ、天空の大地が急速下降を開始。
「滅びるがいい、人間どもっ!」
「させない!」
させじとルーザーは飛び出していた。地上を滑空しながら、ありったけの黒い光を右腕に集中させる。
ルーザーは一瞬でゼッペルの眼前に到達していた。ゼッペルの視界一面に映るルーザーは、とても救世主だとは思えぬ冷酷な表情だ。ゼッペルは自らの最後を無意識に確信してしまった。
ゼッペルの息の根を一撃で止める必殺の拳が突き出される。
「それは困るな、クソ兄貴」
声はけだるげにのしかかってきた。
次の瞬間、虚空から飛来した無数の楔がルーザーの全身に殺到した。衝撃でルーザーは後方に弾き飛ばされ、ゼッペルから引き剝がされてしまう。
ゼッペルは、フィフニもレックも、なにが起こったのか理解しきれていなかった。呆然としてルーザーに視線を注いでいる。
ルーザーだけが声の正体に気付いていた。知っていた。全身に突き刺さった楔に黒い光を集中させると、楔は藍色の光となって砕け散る。全身から銀色の鮮血を流しながらぎりりと歯を鳴らし、刃物のように鋭い眼光でゼッペルの遥か後方を睨みつけた。
炎上するゴルタギアに陽炎が揺らめいている。陽炎の中には人影が浮かび上がっていた。一歩、また一歩と、藍色の光を身に宿した男が歩いてくる。
手入れのされていないボサボサの髪に、無精髭の伸びた顎。隈に頂かれた両目は澱んだ灰色。くたびれた騎乗ジャケットの上下に身を包んだ、退廃的な雰囲気の男だ。
藍色の男の澱んだ視線が、直線でルーザーに向けられた。
「よう。久方ぶりだなクソ兄貴」
「……ベベルベリス!」
男は、この地上に存在してはいけなかった。
男は、かつて《無貌の殲滅者》と呼ばれ、《藍嵐》と呼ばれていた。
男は、《人間戦争》において不完全たる人型を作り出していた。
男は、人類に牙を剥いた《葬世者》の一人だった。
嵐、至る。




