いつか見た嵐のように 【8】
「ここで退けるかっ!」
空中で吼えたゼッペルが両手にテイルペインを複製した。ゼッペルは左右のテイルペインを繰り出し、ルーザーは上下左右前後四方八方から縦横無尽に襲いかかる蛇腹の刃に対して体を捌き、捻って、ことごとく回避していく。
そこに三体めと四体めのテイルペインが加算された。見ればゼッペルの腕が四本に増え、握ったテイルペインも四本になっていた。
ルーザーとゼッペルは滞空を終えて瓦礫の地表に着地し、勢いのままに地上を滑って土塊と砂埃を巻き上げていく。
ルーザーは四体のテイルペインに裏拳を叩きつけ、肘を突き出し、黒い光弾をぶつけて片っ端から破壊していくが、テイルペインは破壊された端から再複製。イタチごっこが繰り返されていく。
「私は過去の同胞と同じように、人間を滅ぼさねばならないのだ!」
ゼッペル自身、どうして自分一人がこの時代で目覚めたのか理解しているわけではない。過去の《人間戦争》でも眠り続けていたのか、それとも十三人の中にいたのに記憶を失っているのかすらも分からなかった。それでも人間の根絶こそが自らの存在意義であるという、強迫観念にも似た確信は疑う余地がない。
自分に疑いをいだかぬよう構築されているのだから当然だ。
さらにゼッペルの腕が六本に増えた。滑走の勢いも終わりを告げ、二人は一歩を踏みこんで接近。ルーザーの拳が突き出され、それをゼッペルの胸元から生えた足が蹴って迎撃。しかし拳から放出された黒い光が複製の脚を消し飛ばし、そのまま駆け抜けて腕の一本を破壊して、瞬時に腕が再複製される。
二人の周囲で蠢く無数の影。新たに生み出されたゼッペルの分身体たちだ。分身体たちの半数はルーザーへと襲いかかり、半数は一斉にテイルペインを繰り出す。
ルーザーは右腕を空に伸ばしてテイルペインの大瀑布を握り潰し、続いて足元から飛び出してきた刃の群れは地面を踏みつける衝撃で破砕。左腕は手刀となってゼッペルの繰り出した刃を迎撃する。
ルーザーに接近する分身体の一体が頭部を貫かれて地面に倒れた。さらに別の一体が胸部に大穴をあけられる。フィフニが矢を放ち、レックが銃を撃って、分身体たちが次々と掃討されていった。
「七時の方向、距離一五二!」
矢を放ちながらフィフニの怒号が響き渡り、レックが視線を巡らせる。
「赤い看板の右、左肩を煤で汚したやつ!」
レックの視線が対象を捕捉した。見失わぬように眼鏡を操作して標的を固定する。ゼッペルの分身体ではなく、そいつの持つテイルペインを。
「そいつが原物だ!」
「二十秒待て!」
レックは一目散に標的へと走り出した。
これまでの邂逅から、ゼッペルは原物が存在しなければ複製を生み出せないだろうと予想が立てられていた。そして原物に起きた変化は複製にも反映されることも。
そういう点では複製というよりも投影、今ある物体を別の場所に構築していると表現するほうが適切なのかもしれない。
原物のテイルペインにつけた僅かな傷が全ての複製に反映される瞬間を、フィフニは見逃していなかった。
目的の分身体に接近したレックが剣を繰り出し、テイルペインの原物が受け止めて防御。顔を突き合わせた一人と一体の間で滝のように火花が散っていく。
ルーザーの拳がゼッペルの掌に受け止められ、さらに十本以上の腕が伸びてルーザーの腕を完全拘束した。直後にルーザーの腕から黒い光が迸って十本以上の腕を完全破壊。
ゼッペルの目が驚愕に見開かれた。自らの右腕に突き立つのは黒い二本の棒、箸だ。その箸からなにがしかの力が流れこみ、ゼッペルの右腕が指先から朽ちて崩れていく。
ルーザーの後方ではフィフニが投擲を終えた姿勢をしていた。フィフニの投げた黒い塊が空中で箸に変化し、ゼッペルの右腕に突き立てられていたのだ。
ゼッペルは瞬時に対応して肩口で自らの右腕を切断、本体への侵蝕を阻む。
その時点でルーザーは必殺の拳を大きく振りかぶっていた。しかしそれは早計というものだ。ルーザー目がけて残った左腕と周囲から一斉にテイルペインが襲いかかる。
「さっきから思っていたんだが、お前は剣の扱いがなっちゃいない」
ゼッペルが右腕を失ったという情報は、レックと戦っている分身体にも伝播した。テイルペインを握っていた右腕が砂のように崩れて消失し、落下するテイルペインをレックの足が蹴り上げる。
「もらうぞ」
キルアークの剣身が枝分かれしてテイルペインを包みこんだ。それは正しく捕食者の牙だ。キルアークの牙がテイルペインに突き立てられ、噛み砕き、呑みこんで吸収。
全ての分身体とゼッペルの握るテイルペインが消滅。ルーザーに向けられていたテイルペインも消滅し、ルーザーの拳は気兼ねなくゼッペルの腹部に叩きこまれる。
秒読み開始から、丁度二十秒後の出来事だった。




