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いつか見た嵐のように 【6】

 アニスが駆け寄り、ミレルがレックの腕から抜け出して走り出す。母娘の背後からテイルペインが襲いかかるが、黄金の剣が迎えて迎撃。

「五分間死守する!」

 叫んだレックが分身体の大海原へと突っこんでいった。

 戦場の真っ只中で、家族三人が再会を果たした。フィフニはアニスの背中に腕を回して抱きしめた。なにも口に出さず、強く強く抱きしめる。アニスの目尻からは透明な涙が零れた。

「よかった。また、フィフニ君に会えた」

「ただいま」

「うん。お帰り」

「ミレルもミレルも」

 フィフニは娘のおねだりに答えて、片手をアニスに回したままもう片手でミレルを抱き上げた。「ほら、ミレルにお土産だ」と、小脇にかかえていた絶望魚くんぬいぐるみを渡すとミレルは満面の笑顔になる。

 この世界のどこにでもある、温かい家族の肖像だ。

 しかし幸せな家族の時間にも終わりが訪れた。フィフニは血を伴うような動作でアニスから手を離し、一歩下がる。

「じゃ、行ってくる」

 アニスの顔は悲痛に歪んでいた。死地へと向かう夫を引き止めようとして、しかし伸ばした手はなにも摑めず空を彷徨う。瞼を伏せ、唇を固く引き結んで、「……うん」という言葉だけを絞り出した。

「パパー、いってらっしゃい」

「おおう。ミレルはちゃんと挨拶ができるのか。偉いな」

「ほんと? ミレルえらい?」

「ああ。お母さんより偉いぞ」

 父親に褒められたことが純粋に嬉しくて、ミレルは無邪気にはしゃいだ。

「偉い子にはご褒美だ」

 フィフニは自らの牛飼帽をミレルの頭に乗せた。

 まだ幼いミレルには、父親がどこへ赴こうとしているのか理解できていない。去っていく父親の背中を不思議そうに見つめるだけだ。

「……いって、らっしゃい」

 見送りの言葉を投げかけたアニスが火打石で切り火を行う。

「古風だなあ」

 家族の見送りを背中に受けつつ、フィフニは鼻を搔いて苦笑を漏らした。

「アニスちゃんとミレルからの『おかえり』を聞くためだったら、ボクは何度だって帰ってきてやるさ」

 フィフニはテイルペインを迎撃し続けるレックの横に並んで立った。レックは上下左右から無軌道の軌道を描くテイルペインを両手の得物を振り回して弾き返し、銃剣から放たれた光弾で分身体を撃ち抜いていく。

「おい、呑気にしてんじゃねえよ」

「まだ五分経ってねえだろ」

「ちっ」

 舌打ちを放ちながらも分身体の迎撃を続けるレックを隣に、フィフニの視線がサーペントを見上げた。行く手を遮る障害物でも見るように両目が細められる。

「娘の将来にあんなドデカイお邪魔虫がいたらたまったもんじゃないな」

 牛飼帽がなくなり、血のように赤い頭髪が風に吹き荒んでいる。娘のミレルと同じ、黒髪の琶家人からは生まれるはずのない鬼子の髪の毛だ。

「子供の未来を守るためなら、お父さん張りきっちゃうぞー」

「たかが二人でどうすると?」

 二人の前に立ちはだかる分身体の数は千以上。テイルペインも合わせれば〝一千万人殺し〟級の、国すら滅ぼせる巨大戦力となっていた。

「喚くなよ」

 その〝一千万人殺し〟の大部隊を前にしても、フィフニもレックは微動だにしていない。それどころかゼッペルを馬鹿にするように余裕の笑みさえ浮かべている。

「そのたかが数人に劣勢だったのはどこのどいつだ?」

「……言わせておけばっ!」

 ゼッペルは怒号を上げて分身体の大部隊を差し向けた。しかしそれでも、フィフニとレックから余裕の態度は失われない。

「さて。それじゃ行くとしますか」

 まるで近所へと散歩にでも繰り出すかのような気軽さで呟いた直後、フィフニの姿が搔き消えた。出現した先は分身体の真っ只中だ。「ほいよ」と口にして、フィフニの手刀が軽く分身体の首を叩く。それだけで分身体の頭部が刎ねられて宙に舞った。

 フィフニの体が沈み、直後頭上に殺到した蛇腹の刃を回避。脚が円弧を描いて地上を一周し、分身体の脛が切断されて次々と地面に落下。分身体の顔面に下駄の歯を落として頭部を粉砕し、フィフニはゼッペルに向かって走り出す。

 フィフニを止めようと数多のテイルペインが繰り出されるが、フィフニは頭を沈め、半歩移動し、速度を緩め、加速し、掌で弾いてことごとく完全回避。

 走りつつ指先で弾き出した小石が分身体の頭部を粉砕した。掌底が胸部を内側から破裂させ、爪先で繰り出した貫足が顎下から頭部を貫通。迫る蛇腹剣の切っ先を摘まんで手首を一捻りすると、蛇腹剣が波打ち、回転が柄まで到達して分身体の胴を横薙ぎする。

「ボクの家族に手を出したこと、後悔させてやるぞ」

 走るフィフニの隣にレックが追いついた。黄金の剣が迫るテイルペインを迎撃し、返す刃が分身体を上下に分断。黒の銃剣が数本の蛇腹剣を巻き取り、力任せに引っ張って数体の分身体を空中に投げ飛ばす。銃口が火を噴いて、宙にいる分身体が次々と撃ち抜かれていった。

「なぜだ? なぜだどうしてだ? どうして貴様らは虫けらのように無力に死んでいかないのだ⁉」

 ゼッペルは混乱と激昂の言葉を吐いていた。

 それでも、倒しても倒しても分身体の数が減ることはない。むしろ次々と数を増していき、廃墟を埋める白い背広は三千を超えている。こうなるともはや密度が高すぎて、テイルペインの攻撃に分身体までもが巻きこまれている。

「貴様は、貴様は、貴様らはあっ!」

 叫ぶゼッペルはすでにどこも見ておらず、左右の目が別々に動き回っていた。頭部からは蒸気が上がり、紫電が散っている。

 明らかに複製能力の過剰発動だ。生み出した分身体の数がゼッペルの許容量を超過してしまったのだ。分身体の維持で手一杯なのか、巨竜はぴくりとも動かない。

「貴様たちは、なんなのだあっ⁉」

「人間だ」

 声とともに、地面から黒い棘が夥しく飛び出した。黒い棘はゼッペルの分身体たちをことごとく突き刺し、貫いて、早贄のように空へと持ち上げる。

 三千体以上存在した分身体は、一瞬で全滅していた。

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