いつか見た嵐のように 【5】
「さすがに今のは普通に死ぬかと思った……」
レックは瓦礫の中で仰向けに寝転がっていた。両腕を頭の上に掲げているのは、決してもうお手上げだという意思表示ではない。砲弾の直撃こそなかったものの、街の崩壊に巻きこまれて全身血塗れだ。口の煙草もどこかに行ってしまった。レックを白く塗り潰している粉塵が、血液の赤によって洗い流されていく。
レックは眼球だけを動かして巨竜を見た。眼鏡が倍率を調整して巨竜の全身が拡大される。巨竜の全身に開いていた砲口がゆっくりと閉じていった。
「対地殲滅用の飽和砲撃か。走馬灯が見えたじゃねえか」
見たくもない、碌でもない思い出だった。主にフィフニとルーザーが原因で。
巨竜は傷口にかさぶたのような皮膜を張っているものの、失った翼や手首が再生する様子はない。再生速度が目に見えて遅かった。巨体ゆえの欠点か、生物型というのが原因で通常フラスコのように細胞圧縮を行えない技術的な問題があったのか、その両方。
逆に言えば、自身の質量から砲弾を生成する飽和砲撃は一度限りの大技だったはずだ。それをゼッペルは早急に使い切ってしまったことになる。
「だが、奥の手で俺を殺せなかったのは誤算だろうなあ」
レックはにやりと不敵に唇を歪めた。しかし浮かべた表情とは裏腹に、体はぴくりとも動いていない。全身はのたうち回りそうなほどの激痛を訴えてくるし、呼吸も苦しい。正直、もうちょっとだけ休んでいたい心境だ。
「レックおじちゃん、だいじょうぶ?」
腑抜けた算段をするレックの顔をミレルが覗きこんできた。
(……またもや子供に哀れまれてしまった)
レックは自嘲の苦笑いを浮かべようとして、表情が硬直。
「なんでここにいる⁉」
「だ、だって……」
ミレルの顔がくしゃくしゃに歪んでいった。今にも泣き出さんばかりだ。レックが大声を出したからではない。
「パパにあえると思って」
ミレルの行動を責めることはできない。まだまだ父親を探し求めるただの子供なのだ。
「そうか」と、レックはミレルの頭に手を置いた。子供を不安にさせぬよう、迷子の子犬でも見つけたかのような微笑みを浮かべる。少しでも気を抜けば途端に表情を崩すだろう激痛を押し殺して、優しい手つきでミレルの頭を撫でた。
「早く会えるといいな」
それにしても、保護者はなにをやっているのだろうか?
「ミレルーっ! どこにいるのーっ⁉」
「おい保護者っ!」
娘を探すアニスの声に、さすがのレックも叫ばずにはいられなかった。
「まだ生きていたのか」
二人のやりとりにゼッペルが気付いた。地表を埋めつくさんばかりに次々と分身体が生み出されていく。その数は百や二百どころではない。
「え、あの、ちょっと、この物量はさすがに……」
失血で元からよくなかったレックの顔色がさーっと青くなった。街並みという障害物がなくなったのを好機と見たのか、人海戦術とばかりに生み出された分身体たちが津波となって三人に押しよせていく。
「あんたらの一家は俺を厄介ごとに巻きこむことが家訓なのか⁉」
毒を吐きつつも飛び起きたレックはミレルを抱きかかえた。銃を撃ち、剣を振るいながら、アニスに向かって走っていく。
同時に分身体の人海の一角が間欠泉のように蹴散らされた。中心に立つのはファルマンだ。両手に握った短剣が縦横無尽に繰り出され、分身体たちの手足を切断しテイルペインを弾き、首を刎ね胴を裂き、分身体たちを次々と大地に沈めていく。
巨竜が〝閃光の息吹〟を吐き出すべく開いた口で爆発が起きた。天が巨竜を銃撃しつつ、地上から伸びてくる無数のテイルペインを回避していく。
それでも物量を跳ね返すことはできない。ファルマンが全身を切り裂かれて血溜まりに膝を着き、天は尻尾に撃墜されて廃墟の中に落ちていった。
そしてアニス目がけて何十本ものテイルペインが襲いかかる。
戦場を呑気に闊歩する下駄の音が響いたのはそのときだ。次の瞬間にはアニスに向かっていた数十本ものテイルペインが空中分解している。
「ようやくきたか」「遅いんだよ」
ファルマンとレックの愚痴が同一の方向に投げかけられた。
「いや~。ちょっとばかし遅れちゃったかな?」
炎の赤と煙の黒に支配された街の中を、颯爽と青一色の着物姿が歩いてくる。普段と変わらぬ締まりのない笑みも、非日常にあっては頼もしさすら覚えた。
「フィフニ君!」「パパ」




