いつか見た嵐のように 【3】
「さて」
レックの足が鉄柵を蹴り壊して屋上の縁を踏み締めた。狙撃銃を拳銃に戻して後ろ腰の銃帯に収納し、懐をまさぐり始める。ややあって目的の物を取り出すと親指で一動作。病床ハムスターの脳天から飛び出した煙草を唇で受け止める。
気分は最悪だ。昨日からの連戦で体中が痛いし、早朝の見張りで脳は痺れているように重い。付け加えるならレッチェルを放り置いてきてしまったのも胸が痛かった。
要するにいつもどおりだ。
「今日も絶好調だな」
三人はそれぞれの動作で空中に身を投じた。両手に双剣を握ったファルマンが前方に跳躍し、銃口となった指先を巨竜に向けた天は横に、そしてレックは下へ。
自由落下するレックに向けて巨竜の口から〝閃光の息吹〟が迸った。レックはビルの外壁に足をかけると、減速ではなく加速を開始。落下速度に加えて足を動かし、凄まじい速度でビルの外壁を垂直に駆け下りていくその後ろ髪を〝閃光の息吹〟が掠め、ビルの上部が爆砕して消し飛んだ。
レックは地面で推進力を真横に変換、速度もそのままに焦土の街中を疾走していく。レックの進路にゼッペルの分身体が割りこみ、光の蛇腹剣が振るわれた。刃が空中を蛇行してビルを貫き背後に回り地面に潜って地表から飛び出し、縦横無尽の軌道を描いてレックへと襲いかかる。
空中に何度めかの放物線を描いていたファルマンは、前方にあったビルの屋上に着地。その瞬間、目の前に巨竜の拳が迫ってきた。暴走列車のような一撃がファルマンを小石のように殴り飛ばし、ビルの屋上が粉々に粉砕されて宙に舞う。
レックは斜め後方から迫ってくる蛇腹剣の切っ先に見向きもせず跳躍した。背面飛びの要領で刃をやり過ごし、すれ違いざまに分身体の頭部を摑む。着地と同時に分身体の頭部を路面に叩きつけて粉砕すると、些かも速度を落とすことなく疾走を再開した。
「分身体は本体と違って、物質の複製も動作の模倣もできないようだな」
激突の直前に両手足を閉じて防御していたファルマンは、背後に位置していたビルの中腹に危なげなく着地した。着地の衝撃でビルの外壁が陥没し、再跳躍の衝撃で壁一面が砕け散る。
巨竜の手首に着地したファルマンは両手の双剣を振り回しながら疾走。巨竜の手首から肩にかけてが耕された畑のように切り刻まれていき、微塵となった肉片が宙を舞う。
同時に巨竜の背中に連続で衝撃が突き刺さった。天の右手甲から放たれた弾丸の嵐が巨竜の背中を穿ち、肉を抉って、骨を粉砕。ボロ布のようになっていた右の主翼が完全に破壊され、根元から千切れて大地に落ちていく。
「鬱陶しいぞ」
巨竜の尾が特大の鞭となって乱舞するが、天は右手甲から推進の炎を噴出して蝶のようにひらりひらりと回避する。
翼の落下によって揺れる大地の上をレックは動じずに走っていた。レックの視線が前方に転がっていたコンクリート塊に向けられる。人一人分の大きさがある塊だ。レックは走りながらコンクリート塊を蹴り上げて目の高さまで持ってくると、手で摑み、もう片手で道路標識を引き千切って、二つを連結。
「原始最強武装、石器!」
諸手を伸ばして石器を空高く掲げるその様は、どこからかファンファーレすら聞こえてきそうなほどの勇壮さがあった。完全に原始人の世界での勇ましさだが。
レックの前方から新たな分身体が出現。レックは猪の勢いでテイルペインの刃を搔いくぐって回避し、あくまで石器と言い張る鈍器で分身体の上半身を叩き潰す。
「馬鹿な。〝万人殺し〟級の葬星器を操る私が簡単に屠られるだと?」
「そいつは簡単な計算だな」
疑問を漏らすゼッペルにレックは嘲りの笑みを浮かべた。新たに出現した分身体の上半身を鈍器で粉砕しつつ疾走を続ける。
「確かに〝万人殺し〟級の得物自体は厄介だが、振り回すのが一人以下の人形なら倍数は限りなくゼロになる」
フィフニから聞いた話によると、かつて琶家を襲った狒々鎧は〝千人殺し〟級の葬星装で〝五千人殺し〟級の大立ち回りを見せたという。もちろんこれは使い手の力量を考慮していない単純計算なので、使い手も加味すればさらに〝二千人殺し〟程度、〝七千人殺し〟級にすら届く。使い手の力量によって武具の能力が左右されるなんて事例は、古今東西のあらゆる方面から聞こえてくる話だ。
「お前じゃようやく一人に数えられる原始人の発明にすら勝てないんだよ」




