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いつか見た嵐のように 【2】

 必死に歯を食い縛りながら、ルーザーの視線は巨竜の胸元にいるゼッペルに固定されていた。正確には、ゼッペルのいる位置にあったであろうはずの大穴をだ。

 サーペントの動力炉は完全に破壊していたはずだ。動力部の喪失と、地の底への埋没。誰にも掘り返せず、誰にも再起動させられない確信があったからこそ、サーペントの躯体は放置していたというのに。ゼッペルはそれを、自らがサーペントの動力炉として融合することで再起動させたのだ。

「……もう分かった」

 空中に肉片が飛び散った。ゼッペルの両目が怜悧に細められる。ルーザーの両手が押さえつけていた巨竜の表皮が抉られて粉砕されていた。

 ルーザーは滑るように巨竜の体表を移動した。黒い光が捻じり合わさって巨大な十指となり、巨竜の首を締め上げ、踵が喉元を蹴りつけて巨体が回転。落下の勢いに乗せて背負い投げが敢行され、巨竜は背中から高層ビルに叩きつけられた。高層ビルは根元まで一気に圧潰。地面が揺れ、飛散した瓦礫と衝撃波が周囲一帯を滅茶苦茶に壊滅する。

 巨竜が落下した場所は住宅地だった。巨竜によって高層住宅が無残にも押し潰され、衝撃波と瓦礫が一軒家を軒並み大破させている。人口密集地だけあって、そこかしこでは人肉が血の花となって咲き乱れていた。

 コンクリート塊と鉄骨の絨毯の上で仰向けとなった巨竜に向けて、ルーザーは間髪入れずに両腕を振るう。黒い光の十指がそのまま爪となって射出され、巨竜の十か所を貫通して地面に縫い止めた。

 天空からは黒い輝きが流星となって急降下してくる。脚に黒い光をまとったルーザーが全速力で蹴りを放ってきていた。

「君を抉り出して暴君の息の根を止める」

「それは失策だな」

 ゼッペルの呟きと同時、ゴルタギア中から無数の光が飛び出した。光で形作られた蛇腹の剣が網の目となって空間を埋めつくし、ルーザーの左腕を切断して体中を刃が貫く。

 地表に立つのは光の蛇腹剣たる《テイルペイン》の柄を握ったゼッペルの分身体。それが無数。

「〝億人殺し〟の葬星禁器に比べれば取るに足らずとも、百体からの〝万人殺し〟まで加われば少々分が悪かろう」

 真っ青な空に銀色の血液が尾を引いた。ルーザーは背中からビルに突っこみ、ケーキのように外壁を貫通。火花を散らしながら床上を滑って、再び外壁を貫いて空中に投げ出された。地表に墜落し、一拍遅れてビルが倒壊。巨神の鉄槌となってルーザーを叩き潰し、そのまま埋葬。爆発するように粉塵が巻き上がる。

 巨竜は体を貫く黒い爪を無理矢理に引き抜いて立ち上がった。ゼッペルは素早く状況を把握する。被害は甚大だ。黒い爪は三本が両脚、一本が腹部、そして残りの六本が四枚の翼を貫いていた。特に右の主翼が三本の爪に貫かれて根元から千切れかかっている。

 これでは飛行も高速移動も不可能だ。翼竜と呼称されるように、サーペントは基本的に空戦を想定している。空戦型が飛行能力を失うということは、純粋に戦力が半減したことを意味していた。

「さすがにこちらの能力を心得ているか」

 ゼッペルの冷徹な瞳が落下したルーザーを睨んだ。ぴくりとも動きはない。しかし二度の邂逅を経てルーザーの厄介さを実感しているゼッペルが、それで勝利を確信するはずがなかった。

 やはりこの男はここで是が非にでも仕留めておかなければ効率を悪くする。ルーザーに完膚なきまでの最後を与えるべく巨竜の口が開き、突如として首が後方に逸らされた。

 直後に巨竜の鼻っ面をなにかが掠め、進路の先にあった高層ビルに穴があけられる。

「次の相手は貴様か」

 巨竜の無機質な視線が巡らされた。遠いビルの屋上に狙撃手の姿がある。

「どうして変なところで頭に血が昇りやすいんだよ……っ!」

 レックはビルの屋上に寝そべり、狙撃銃を突き出した狙撃手の姿勢で愚痴を零した。立ち上がるレックに向けて巨竜の口腔が開き、光が溢れる。

 レックの唇は弧を描いていた。不敵な弧だ。

「まあ、狼煙としちゃ特大だろ」

 巨竜の左肩で緋色が弾けた。投げられた自動車が激突し、爆発して炎が膨れ上がる。

 ゼッペルの視線が左を向いた。ビルの屋上に立つのは翠色の武具を装った眼帯の殺人者、ファルマン・A・ダラクスだ。

「飼い犬ごときが裏切るのか?」

 ゼッペルは激昂というより不可解な表情。どうして契約主に牙を剥いたのか本気で理解できていない口調だった。

「裏切る? それは違うな。先に契約を破棄するに充分な不義理を働いたのは貴様ではないか。貴様に従う必要がなくなったから好きにやらせてもらう、それだけだ。これは貴様の理屈だろう?」

 言いつつ、ファルマンの表情は苦々しげだ。ゼッペルの計画を知ったのはフィフニがぶちまけた資料を盗み見たからだ。ゼッペルとの敵対を見越した上での行動だろう。誘導されて決戦の盤上に乗せられたという事実が少々癪に触っている。

 ファルマンは鬱憤の捌け口を示すように、長剣の切っ先をゼッペルの喉元へと向けた。

「それに、貴様に生きていられるとこちらが困るのでな」

「野良犬風情が」

 そして今度は右に衝撃。無数の弾丸が土砂降りとなって巨竜を穿ち、肉片が爆ぜる。

 右のビルの屋上にも人影が立っていた。右腕に巨大な手の葬星器を装着した人物だ。葬星器の床に届いてしまいそうな五指の先端からは硝煙がくゆり、全身を覆うマントに書かれているのは《天》の一文字。

 レックとファルマンと天、三人が三角形の頂点となって巨竜を取り囲んでいた。これは共闘ではない。それぞれの刃を向ける先が、今は偶然にも同じ相手だったというだけだ。ゼッペルとサーペントの排除が終わってしまえばその瞬間に刃を翻される、針の筵のような均衡だった。

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