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静寂の朝 【5】

 レックの視線は街頭を彷徨っていた。煙草屋を探しているはずの視線は、建造物ではなく人の顔を探しているように見える。しかし街中をどれだけ巡ろうと、特徴的な桜色の髪の毛も、少女のような翡翠の瞳も見当たらない。

 不意にレックの足が止まり、視線が上げられた。目の前で煙草屋の薄汚れた看板が揺れている。それは決して、レックが探している本命ではない。

「先に見つけちまったもんは仕方ない、か」

 レックは肩を落として大仰に溜め息を吐き出した。眼鏡がずり落ちそうになるのを指先で押し戻す。

「あれ? レック?」

 探し求めていた声はまさに目の前から聞こえてきた。煙草屋の扉が開いて、中からレッチェルが姿を現す。面食らったレックは思わず鼻白んでいた。

「な、なぜここに?」

「私だって煙草くらい吸うわよ」

 言って、レッチェルは取り出した煙草を口に銜えて火を点ける。

 レックはその光景を意外そうに見つめていた。しかし嫌いではない。それどころか共通点を見つけたことに、なぜだか心が高鳴った。

「あ、そうだった。レックに渡したい物があって、ちょうど今買ったとこなの」

 レッチェルは紙袋に手を突っこむと、レックの手を握って「はいこれ」と渡してくる。

 レックが手を開くと、煙草入れと一体化した携帯灰皿が乗っていた。目玉を血走らせたミイラのように干乾びたハムスターが胃の内容物を吐き出している、なんとも衝撃的な意匠をしている。

 レックの口からは「お、おう……」と歯切れの悪い言葉しか出てこない。

 しかして、どこをどう解釈したのか、レッチェルはレックが大変素晴らしく感動して声も出ないのだと理解したらしい。満面の笑みを浮かべて自分の携帯灰皿をレックに見せる。頭蓋骨が割れて脳みそを零したペンギンだった。

 まさかこの奇怪な生物が、若い女性の間でキモカワイイと大人気の『病床アニマル』であるとは、女子力の低いレックは知る由もない。

「ふふっ。私とお揃いだね」

 太陽のような笑顔だった。見ているだけで身も心も、魂すらも焼きつくされてしまいそうなほどの引力がある。

 レックはようやく確信した。

(あ、これ、惚れてるな)

 意識した途端、今まで普通にできていたことが突然困難になった。レッチェルを見続けることができず、思わず顔を逸らしてしまう。

「ごめんなさい。迷惑だった……?」

 レッチェルはレックの反応に消沈した。しょんぼりとなって顔を俯けてしまう。

「い、いや、そんなことはないぞ」

 実際はそんなことあるし非常に迷惑極まりないのだが、一度口に出してしまった言葉を引っこめるのは男の甲斐性が廃れる。レックは喉を鳴らして恐る恐る手を伸ばした。しかし精神的な忌避が邪魔をしているのか、手は震えるばかりで一向に進んでいかない。

(レッチェルも渡すつもりなら、胸元で握りしめていないで前に出してくれ。なにかの手違いで乳を揉んだらどうしてくれるんだ。ええい、沈まれ俺の左手!)

 違う。左手ではなくレック自身が揺れていた。レックだけではなくレッチェルも、道を行く人々も、ビルも大地も、世界の全てが揺れていた。

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