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静寂の朝 【4】

「だが、聞いておかねばならないこともある」

 眼帯男の視線がフィフニへと落ちる。昨夜見せた殺人者の目でも、レックに相対した闘争者の目でもない。疑問点を前にした解剖学者の視線だった。

「この十年間で《アーク教団》は、高弟を含めた五百人以上を貴様によって殺され、いくつかの《厂処黒》を奪還された。犠牲者の数だけで言えば琶家の被害とほぼ同数だ。普通ならそこで手打ちとするものだが、貴様の復讐はどこまでいけば歯止めがかかる?」

 眼帯男の真剣な問いに対して、フィフニは笑みを返した。犬歯をあらわにし、歯茎まで剝き出しにした悪鬼の笑みだ。

「決まっているだろう? 皆殺しだ」

鬼子(おにご)にもそう言えるのか?」

 フィフニの表情が石のように固まった。明らかに動揺を見せている。

「貴様も鬼子だろう?」

 眼帯男がフィフニの両目を真っ直ぐに見つめた。伊達眼鏡のレンズには色が着けられて、フィフニの瞳の色を誤魔化している。フィフニの両目は黒髪黒目の琶家人から生まれるはずのない赤。突然変異種である鬼子の特徴だった。

 両親からかけ離れた容貌を持って生まれる鬼子は、琶家において災いを呼ぶ存在として長年に渡り差別と迫害を受けてきた。自分の子ではないと親に捨てられるのは当たり前で、生まれた直後に殺害されるのはまだマシなほうだろう。奇跡的に少年まで育ったとしても働き手として雇う者などおらず、野山をねぐらにするしかない。世の悪事は真っ先に鬼子の仕業だと疑い、証拠もないまま駆り立てられて討伐される。生態調査と称した人体実験も一度や二度ではないと聞く。

 そしてその怒りと憎悪は、琶家に《アーク教団》を招き入れるという最悪の形で爆発してしまったのだ。

 フィフニは運がよかった。母親が海の外の出身で、琶家の風習を歯牙にかけなかったから健やかに育てられたのだ。

「それは、《アーク教団》に手を貸した鬼子は、全体のほんの一部だ……」

「苦しい言い訳だな。それは貴様が鬼子の中にいるから口にできる自己弁護だ。貴様は琶家襲撃に参加しなかった教団員たちも手にかけたではないか」

 眼帯男が口にした正論に、フィフニはなにも言い返せなくなっていた。

「貴様がしているのは復讐ではない。卑劣な無差別報復で単なる憂さ晴らしだ」

「ふむ……」と、フィフニは一つ頷いた。どこか遠くの空を見つめて、客観的に自分の心を解剖していく。

「……確かにチミの言い分は正当だ。ボクはあの日に流れた血以上の対価を求めている。それは否定しようがない。どうしてそこまで《アーク教団》に固執するかと聞かれれば、大切なものを奪われたという以外に、片棒を担いだ同胞の罪滅ぼしという側面もある」

 そこで一旦フィフニは言葉を区切った。ちらと眼帯男を見る。

「で? だから?」

 フィフニの表情と声は冷めきっていた。搔き毟るように五指を胸へと突き立てる。

「正論と綺麗ごとで、この胸に燃える復讐の炎が消えるとでも? 神に説法を説かれれば、涙を流して全てをなかったことにするとでも思っているのか?」

「別に」

 眼帯男の口調は下らないものを吐き捨てるようだった。無感情な視線で本の文字列を追っていく。

「どんな正論も綺麗ごとも、一人の男が背負ってきた半生に比べればクソ以下の妄言だ。誰にとて否定する権利はないし、神が否定するのなら私は神を殺す」

 眼帯男の言葉は意外だった。てっきり責められていると思ったがそうではないらしい。毒気が抜かれたように、フィフニは普段のやる気のない顔になっていた。

「で? 結局なにが言いたいんだよ?」

「貴様の復讐は力ずくで止めにくるだろう、ということだ」

「なるほどね。それでようやく、因縁の相手がお出ましってわけか」

 フィフニの脳裏には憎き鴉鎧が思い浮かべられていた。十年前は琥珀の鷲鎧をまとう高弟だったが、この十年で《十三弟》に昇格して葬星装も新調されたのだろう。どんなに鎧と格が変わったとしても、あの真紅の眼光だけは見間違えるはずがない。

「おっといけね」

 そのときフィフニの足が立てておいた鞄を蹴り倒してしまった。鞄から飛び出した資料が眼帯男の足元へと絶妙にぶちまけられ、眼帯男が資料を拾い上げてフィフニに渡す。

「……随分と面倒が起きているようだな」

「ああ。苦笑いしか出てこねえよ」

 フィフニと眼帯男はともに口の端を吊り上げた。それは共犯者の笑みだ。

 フィフニの意を確認し終えた眼帯男が椅子から立ち上がり、背を向ける。

「ではまたいずれ。近いうちに」

 彼方へと歩き出して、唐突に歩みが止まった。そして眼帯男は顔だけを振り向かせる。

「ファルマン・A・ダラクスだ」

「知っているだろうが改めて、フィフニ・アルダーだ」

 ヒリつくようなフィフニとファルマンの笑みが交わり、すれ違って離れていった。

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