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静寂の朝 【3】

 朝の市場街は芋洗い場のように混雑していた。客引きや交渉の声が飛び交い、押し潰されそうなほどの活気と熱気に満ちている。朝飯時ということもあって、通りには足の踏み場もないほどの屋台が並んでいた。屋台の席には一人の男が座っている。

「飯は口に入れられればなんでもいいけど……」

 一見すると企業人風の男だ。几帳面なほどの正しい姿勢で椅子に腰かけ、足元には仕事用と思しき鞄を立てかけている。しかし背広は大人しさと遠慮を子供時代のあの真っ赤な夕日で燃やしつくしてきたと言わんばかりの青一色。髪を後方に撫でつけた額の下では知性を感じさせる枠の太い眼鏡が光る。

「そろそろアニスちゃんの味が恋しいんだよなあ……」

 変装したフィフニは炒めた飯を香辛料で味つけした料理を口に運んでいく。舌を刺激する辛みが食欲を増進してくるが、どうにも物足りなさそうだ。

「昨夜は酷い目に遭った」

 隣から聞こえてきた声はフィフニに劣らぬ面白くなさだ。屋台の椅子に深く腰を沈め、ふんぞり返るように天を仰ぐ男がいた。右半面を覆う眼帯が特徴的な男だ。片手で本を広げ、朝っぱらだというのに蜂蜜牛乳なんぞを嗜んでいる。

「銀髪と黒づくめの二人組に襲われてな。散々だ」

「ああ、そりゃ、災難で……」

 フィフニは眼帯男が口にした二人組に心当たりがあった。どうせレックとルーザーだ。

「てゆうか、お久しぶりだね」

「ああ。久方ぶりだ」

 お気楽に話しかけてくるフィフニに対し、眼帯男は視線を向けようともしない。

 よくよく見れば眼帯男はズタボロだ。破れた服はもはや服としての体を成しておらず半裸に近い。体中を包帯や軟膏が覆って激闘の凄まじさを物語っている。髪の毛は先端が焦げてちりちりになっていた。

「というか、どうしてそうなった?」

「始末屋をしている現場を見られた」

「始末屋?」

 フィフニは首を傾げて鸚鵡返しした。眼帯男の視線が遠くに向けられて言葉を探す。

「ゼッペルに雇われて……早い話がゴルタギアに不必要な人間を整理する仕事だ」

「ああ、なるほどね」

 その一言でフィフニは全てを察した。このゴルタギアは整いすぎている。

 フィフニの視線は市場通りを越えて大通りへと向けられた。街頭を見回せば出勤時の務め人が忙しなく歩を進め、子供の手を引いた母親が育児施設へと談笑しながら歩いていく。少年少女たちも連れだって学校へと駆けていた。

 だが、それだけだ。大規模な都市となれば一定数以上はいるはずの、朝の運動に精を出す老人や、職に就かない遊び人、能力が足らずにどこの務め口も見つからない者、空き巣や詐欺で生計を立てる犯罪者や、どこにも行く当てのない浮浪者などの、社会の維持に必要でない人間が一人たりとて見当たらないのだ。

 なぜか? 少し考えれば理由は分かる。円滑な社会を実現するため、ゼッペルの意を受けて秘密裏に人間を処分している者たちがいるのだ。

 思い返してみればゴルタギアには警察や保安官に相当する治安維持のための機関が存在しない。精々が有志による自警団くらいだ。当然、犯罪者を隔離するための牢獄もない。このことからも、ゴルタギアは最初から犯罪者や前科者を排除した社会を前提にしていることが分かる。

 同様に老人介護施設や障害者補助施設も皆無だ。不治の病や後遺症が残るほどの重病、重体患者もいないに等しい。破損や不良品の歯車は、新品の優良な歯車に替えたほうが効率がいいからだ。

 人間を数字でしか見ていないからこそできる、機械の算術だった。

 フィフニはぶるりと身震いする。嫌悪感と恐怖で表情が強張っていた。

「…………あ」

 凍てついた空気の中で素っ頓狂な声を上げたのは、他ならぬ算術の手先となってゴルタギアの整備を担っている眼帯男だった。

「これは秘匿事項ではなかったか?」

 眼帯男は『やっちまった』とばかりの顔で天を仰いだ。フィフニは「ボクにはかんけーねえな」と切って捨てる。眼帯男の非難がましい視線がフィフニに向けられた。

「私が秘密を話したのだから、貴様もなにか秘密を話すべきだろう」

「おめー、割ととんでもねー性格してんのな」

 眼帯男の突きつけてきた交換条件には、さしものフィフニも呆れ顔だ。

「大体、ボクたちは世間話をするような関係でもないだろ」

「……それもそうだな」

 眼帯男は納得したように視線を空へと投げ出した。どこを見ているのだろうかと、フィフニも眼帯男の視線を追って空を見上げる。隣り合って空を見上げる二人は、ともすれば気の知れた友人のようにも見られた。

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