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地下錯綜 【2】

 無言の夜闇に、剣戟を繰り広げる金属音が鳴り響く。

 すでに時間は日を跨ぎ、草木も眠りに落ちてから久しい。こんな時間に活動しているものは魔物か、あるいは魔物と呼ばれて遜色ない人間だけだろう。

 音の発生源は建設途中のビルからだ。鉄骨に僅かばかりのコンクリートが張りついただけのその様は、内臓をごっそりと抜かれた腹の内部のようにも思える。ビルのありとあらゆる場所を火花と光弾が駆け回り、時折彩られるのは血の赤だ。

 暗闇の中を疾駆するのは三つの人影。

 レックと眼帯男が何度めかの接近。しかし剣は使わない。二人は額を突き出した姿勢のまま些かも速度を緩めることなく突進、そして激突。額が割れて血を噴き出すが、両足は一寸たりとも退いていない。爛々と輝く双眸で睨み合ったまま、相手を打ち負かすためだけに歯を軋ませる、意地と意地のぶつかり合いだ。

(こいつ、やはり……っ!)

(この男っ!)

 レックと眼帯男は確信した。目の前の相手が、自分と限りなく近い力量にあることを。

 自然と二人の口角が吊り上がる。強者を目の前にした喜びに身を焦がす、猛獣と猛禽の獰猛な笑みだ。

((強いっ!))

 二人は反発したかのように額を突き放し、レックが銃口を、眼帯男が長剣を突き出す。銃口から光弾が放たれ、眼帯男は長剣で光弾を弾いてもう一方の剣を横薙ぎ。レックは剣を立てて防御しようとするが、眼帯男の指が複雑に蠢いて長剣を握り直し、剣の防御を迂回してレックの喉首へと刃が向かっていく。下も後ろも間に合わない。

「だったら前だ」

 レックはあえて眼帯男の懐に突っこんだ。長剣の射程の内側に飛びこむと同時、眼帯男に体当たりをかます。

 仰け反った眼帯男の目の前に、銃が力任せに振り下ろされてきた。直撃すれば頭蓋骨を粉砕するであろう一撃を、眼帯男は頭部を振って回避。しかし避けきれずに肩口へ重い一撃を受けてしまう。

 骨までは破壊されなかったが、腕に力が入らない。眼帯男は舌打ちを放ち、手から長剣を落としそうになるのをこらえながら後退する。

 逃げる眼帯男に向けてレックは銃を乱射した。こちらも長剣をかわしきれず首に血の筋を引いている。横殴りの雨霰と降りしきる光弾を、眼帯男は右に左にと避けていく。

 そこに走りこんできたのはルーザーだ。眼帯男の死角から完璧な奇襲で貫手を放つ。

「その程度でっ!」

 眼帯男の体が螺旋を描いた。体を無理矢理にねじって死角から襲いかかってくるルーザーへと回し蹴りを放つ。ルーザーは小手を掲げて防御し、眼帯男の歯が食い縛られる。硬く、重い感触だ。蹴った脚の骨にまで響いてくる。

 しかし力負けしたのはルーザー。ルーザーは耐えるのを諦め、眼帯男の力を利用して後方にふっ飛ばされた。距離を取りつつ、横回転しながらの裏拳、横手の柱へ。コンクリの柱が粉砕され、巨大な瓦礫が人間を轢き潰す巨石となって眼帯男に襲いかかる。

 眼帯男の脚が弧を描き、冷蔵庫ほどの大きさがある巨石を蹴り返した。巨石は銃の照準を定めていたレックへと向かい、レックは舌打ちを放って剣を一閃。両断された巨石が背後へと通過していく。

 眼帯男が逃げ、レックとルーザーが追いかける。

「厄介だな。あの野郎、どうにも乱戦に慣れていやがる」

 苦々しげに吐き捨てるレックに、ルーザーは小さく頷いた。

 レックの脳は眼帯男との出会いから今までの戦闘を高速反芻。相手を出し抜くべく、一挙手一投足まで詳細に検証していく。

(剣技も精緻と言うよりは荒々しさが目立つ。正規の訓練を受けずに、実戦で身に着けた我流だろう。常に敵を身近に感じながら生きてきた証拠だ)

 問題はもう一つある。これまでの攻防において、眼帯男は死角からの奇襲を何度も迎撃して見せたのだ。

(つまり感知に長けているか、あるいはやつの葬星器にそれ系の能力があるってことだ)

 眼帯男の葬星器は数打ちの〝百人殺し〟級などではなく、〝千人殺し〟級のキルアークと拮抗することから同程度と考えられた。国家に管理されて勇者や英雄に下賜される、あるいは歴史の闇へと葬られた〝万人殺し〟級でないだけマシというものだ。

(だが、こちとらこれから《天》に葬星禁器と殺り合おうってんだ。今更〝千人殺し〟程度に一喜一憂していられるかよ!)

 眼帯男が床を踏み締めて急制動。数秒間の並走で感覚を取り戻した腕の調子を確かめるように指を動かし、満足したように笑みを浮かべた。

「さて……」

 眼帯男の空手が首元へと伸び、一気に服をはだけさせる。眼帯男の厚い胸板や割れた腹筋、そして古傷に古傷を重ねた億年地層のような肉体が夜空の下であらわとなった。

「お前、なんで脱いだ?」

「なぜと問うたか? 笑止」

 眼帯男は『なにを当たり前のことを』と侮蔑をこめて鸚鵡返しした。

「人前で裸身になるのは気分がいいではないか」

「なるほど。確かにそのとおりだ!」

 レックは『抜かった』とばかりに理解の表情を浮かべた。

「ならばこちらも応戦する」

 そしてレックもジャケットと肌着を脱ぎ捨てた。こちらも眼帯男に負けず劣らずの、筋肉と古傷で完全武装された肉体があらわとなる。特に肩から腰へと一直線に走る傷は深く大きく、一際目を引いた。

 どうしてレックは対抗心を燃やし、二人は服を脱いだのか? それは筋肉馬鹿にだけ通じる無言の共鳴であり、この地上の誰にとってもどうでもいい事柄だろう。

「さて、仕切り直しといこうか」

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