瞳に浮かぶ戦火の記憶 【1】
ここに一つの石がある。印鑑ほどの大きさしかない小さな石だ。
しかし、宝石めいて美しい石だ。人の欲望を駆り立てずにはいられない光を放っている。どことなく、十人十色の光を宿した瞳の色を思わせた。石は明らかに人の手が入っているだろう整った棒状をしていて、半透明の内部構造に光が乱反射して虹色に煌めいている。石は古代の遺跡から僅かに出土するだけで、その美しさと希少性から、実際に昔は宝石の一種だと考えられ、富裕層の間で高く取引されていた。
《夢見る欠片》と言う名の石を、白い指先が摘まんでいた。白い指に続くのは白一色の袖口と背広、そして石とは比べようもないほど無機質な硝子玉の瞳。
人造人間ゼッペルの手が動いて、石を専用の読み取り機に挿入する。読み取り機の内部で照射された光線が《夢見る欠片》の不規則な結晶構造で乱反射を繰り返し、意味を持った一つの信号となって出力された。
室内の照明が落とされ、部屋の中央に光が溢れる。椅子の上で指を組んだゼッペルの目の前に、立体光学映像が広がっていった。
『ぎゃははははははははははははっ!』
最初に聞こえたのは哄笑だ。遅れて映像が再生される。
石の正体が判明したのはつい最近のことである。石を通過した光が特定の法則に従っている事実が発見され、その信号を解読した結果、映像と音声が再生されていることが判明した。《夢見る欠片》とは古代の記録媒体だったのだ。
長い年月によってすり減った記録は虫食いになった灰色の世界だ。色褪せ、音声も途切れ途切れとなり、匂いと感触を忘却の彼方へ置き去りにしてしまっても、十三色の光だけは克明に刻みつけられていた。
映像の背景は黒一色。黒い戦闘装束の軍勢によって地上が埋めつくされていた。人数は確認できる範囲だけでも数万人ほど。大地に落ちた巨大な三日月のように、広大な平原の上で両翼を伸ばした包囲陣を敷いて臨戦態勢となっている。
しかしその表情は戦闘を前にした覚悟と緊張ではなく、一様の恐怖と絶望だ。
三日月の中心に立っているのは山のように巨大な生物だ。全身は鉄板のような甲殻に覆われ、四肢は巨木や尖塔のように太い。直立した姿勢で、大地に尾を下ろし、背中からは刃のような羽の連なる翼を広げている。顔におさまる瞳に感情の色はなく、反して剣のような牙が並ぶ口からは蒸気の息が漏れていた。
巨大生物の姿は、お伽話に出てくる邪悪な竜そのものだ。
そして巨竜の肩に乗り、地上の人々を見下ろす男がいた。新しい人間を名乗って古い人間を滅ぼそうとした十三人の《葬世者》の一人、山吹色に茨の男だ。
『古いニンゲンどもが使う《葬星器》を参考にして俺たちも作ってみた。古いニンゲンを滅ぼすための《葬星器》、《葬星禁器》だ!』
山吹色の周囲にはさらに四色。竜巻の中心に浮かぶ赤、巨樹の枝に腰を下ろした錆色、藍色と茜色。そしてその場にはいない鈍色。合計六人が極大の禁器を引き連れて、黒い軍勢を睥睨していた。
『間抜け面だなあ、救世主っ!』
山吹色の男は侮蔑と挑発の言葉を吐いた。山吹色の男は黒い人々の先頭に立つ救世主を一直線に見下ろしている。救世主の顔は映像が虫食いとなっていてよく分からない。
『俺たちの生み出した葬星禁器が、古いニンゲンどもの作った葬星器の範疇にあると思うなよ?』
山吹色の男が、赤が錆色が藍色が、同じような仕草で口の端を吊り上げた。救世主の背筋を特大の悪寒が駆け上がる。
『やめろおおおおおおおおおおおおっ!』
『それを貴様が願うのは間違いだ』
飛び出した救世主の前に橙色の男が割りこんできた。
救世主の躊躇いは一瞬だ。拳が黒い光に包まれて橙色の男へと突き出される。橙色の髪に橙色の瞳の男から橙色の光が溢れ出し、橙色の光は橙色の粘液の濁流となって救世主の拳を迎え撃つ。
その一瞬で、葬星禁器の剥いた牙が人間たちに突き立てられていた。
赤い光を内包した竜巻が巨大化。規模と速度が格段に増し、人々を吸い寄せては呑みこんで巻き上げていく。竜巻の内部で人間たちは風圧によって切り刻まれ、人間同士でぶつかり合い、血の挽き肉となって解体されていった。
『吸いこまれるな! 体を固定するんだ!』
人間たちは各々のベルトに命綱を繫げると、命綱の先端についた鋲を手近な岩や地面に撃ちこんで体を固定する。人間たちの顔には脅威に活路を見い出した安堵と、それでも拭えぬ恐怖が同居していた。
その表情は一瞬で絶望へと変じた。
竜巻の内部で赤い人物が手を上げ、周囲一帯に紫電と轟音が発生。天空を走るひび割れのように雷が落ち、地上に集った人体を一瞬で焼きつくして黒炭に変えた。砲弾のような雹が流星雨となって降り注ぎ、頭部や腕や脚や内臓が肉片となって千切れ飛ぶ。
赤い葬世者が行ったのは、竜巻による吸引と足止めで機動力を奪い、雷による高電圧高熱、そして雹による物理破壊という三段構えの攻撃。一つ一つは対処可能でも、三つが同時に襲ってくると破滅を免れぬ脅威となる。
『私の作った葬星禁器が、竜巻を操るだけの巨大な扇風機だと思ってもらっては困る』
竜巻の中心で赤色の人物が侮蔑の言葉を呟いた。
短期的な対人攻撃能力だけではなく、長期的には豪雨による土砂崩れや低地の水没。雨を降らせられるのなら日照りにすることもでき、干ばつによって食糧危機を起こすことも可能だ。雷霆や雹の砲弾は城塞をも砕く攻城兵器となり、暑さや寒さはそれだけで人間を死に至らしめる。
竜巻や雷や雹の本質は気象兵器ではなく、天災兵器なのだ。




