下校にて
紫苑が生徒会長だったという驚きの事実を何とか受け止め、夕日が差す道を4人で歩く。
「あ・・・」
そう呟くように言って立ち止まる浅葱は、電柱の横にそっとしゃがんだ。
「どうしたんだ、浅葱。」
同じく横にしゃがみながら、梓杏が訊ねた。
「おはな・・・」
「花?」
浅葱と同じ方向に目を向けた梓杏は、ああ、と何か納得するように頷いた。
「これは面白い。」
口角をあげた梓杏が浅葱に向かって口を開いた。
「これは藤の花だ。藤とは落葉低木で、普通は山野に自生するんだが・・・。その花がこれだよ。紫色の蝶の形の花弁が特徴的なんだ。」
「ふじ・・・。おれとおなじだ・・・。」
嬉しそうに目を細める浅葱を見た梓杏は、ふっと笑みを浮かべる。
「なあなあ、お二人さん。千草君があっち行ったで。」
千草と二人でいたはずの紫苑が、動かない二人を見かねて、そう言った。
「しょうがない奴だな。さて、我々も行くとするか、浅葱。」
「・・・うん。」
千草は数十m先の駄菓子屋にいた。
「おい、何も言わずにどこか行くな、千草・・・ん?」
説教を始めようとする梓杏の目に留まったのは、千草が持つ氷菓子。
「ごめん、久し振りにガリ○リ君を見つけたからよ。」
何故かテンションがあがっている千草。
「懐かしいなぁ、ガ○ガリ君・・・。」
感慨深くそれを見つめる紫苑。
「ふむ。がりがりくん・・・とな。」
「え、しあんくん、しらないの・・・?こくみんてき、あいす・・・。」
「いや、耳にしたことはあるのだが、口に入れたことは無いな。」
顎に人差し指を当て、不思議そうに見つめる。
「じゃあさ、梓杏君のためにも、○リガリ君を買おうやないか!」
名案とばかりに顔を輝かせる紫苑を置いて、千草は3本、無雑作に氷菓子の袋を掴む。
「おばちゃん、これお願い。」
はいよ、と皺々の手で受け取ると、昔ながらのソロバンで器用に代金を計算していく。
何枚か小銭を差し出すと、これまた何枚かおつりが返ってきた
「あ、紫苑は自腹で。」
出てくるなり、思い出したようにそう告げる。
「ケチやなぁ・・・。」
ふて腐れたように、紫苑は言って、駄菓子屋に入っていった。
「ん、梓杏のと、浅葱の。」
「ありがと、ちーちゃん。」
「すまない、この分の金銭は今度返す。」
「いいよ、そんなかかってないし。」
「・・・・。」
梓杏は不服そうだが、たかが数十円。返されるほうが気まずいので、丁重に断っておく。
「んなことより、食ってみろって。」
氷菓子アイスバーを包むプラスチックを縦にまっすぐ裂いて、中の青くつめたいそれを、梓杏の口に押し付ける。
「ん・・・。自分で食べられるぞ。」
「いいから。」
有無を言わせず、押し込む。
「冷たっ・・・」
歯で、侵入しようとしてくる異物を押し返そうとするが、しぶとく抵抗するそれに諦めがついたのか、梓杏は素直に口を開いた。
「せめて一人で食べさせてくれ。」
そんな梓杏の要求を受け入れた千草は、持っていた棒から手を離す。
「うん、つめたくて、うまかった。」
千草と梓杏の攻防をよそに、一人、氷菓子を食べていた浅葱が、そう感想を残した。
「それは良かった。」
「ひさしぶりにたべたから、やっぱりあたま、キーンとした・・・」
こめかみ辺りを押さえる浅葱。それを見た千草が、軽く浅葱の髪を撫でてやる。
「・・・水に無機塩類を溶かし、炭酸ガスを圧入した清涼飲料水・・・の味。」
「お前、ソーダっての知らないのか。」
「もちろん知っている。炭酸ナトリウムの事だろう。」
「そっちじゃなくて、ソーダすいのこと・・・」
「そーだ、すい・・・?」
不思議そうに浅葱を見つめる梓杏。
「何や、梓杏君、知らへんの?」
「いや、水に無機塩類を溶かし・・・以下略称の味を知っていて、何故ソーダ水を知らないんだ。」
「謎やなぁ。」
梓杏の謎が深まったところで、浅葱が訊ねた。
「で、おいしかった?ガリガ○くん。」
皆が一斉に梓杏の顔をのぞく。
しばらく、考えるような素振りを見せたあと、皆に注目されて照れたのか、頬を赤く染め、呟くように、「美味かった。」と言葉にした。