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求めたもの

 私の思惑通り、少女は次の日には動けなくなっていた。朝日が出る時間になっても少女は体を起こす事が出来ないようだ。


「アルテミス…私もう無理かもしれないや……」


その言葉を聞き、私の心が時を告げ、念じた。


元の姿に戻れ……と。


すると私の銀色に輝いていた体は黒く染まり、生えていた羽も消え失せた。そして、狼のような風貌から一変して、イノシシのような顔になった。体はより大きく、いかつくなり、毛皮から硬い皮膚へと変化し、肌は脂でおおわれた。それによる、出来物や肌のただれによって一層恐ろしく見える。きっと少し触れただけでも相当の不快感があるはずだ。しかし、瞳だけは前のまま紫色に輝いていた。前の姿ならまだ愛らしく見えたその瞳も、醜い今の姿ではぎらつく恐ろしい目だ。


 私は本来の姿へ戻り思った。あぁ……なんと醜いのだ……と。本来の姿とは全く異なった姿で売られる事へ快感を覚えるあまり、元の姿に戻ったときの絶望感は増すばかりだ。きっと少女もこのような姿を見れば失望するはずだ。自分が大金をはたいてまで買った美しい獣が、本当はこのような醜い獣だったのだから……。


「アル…テミス……?」


 少女は、私を見るなり涙した。何か言っているが私にはよく聞こえなかった。きっとこの涙は絶望の涙だ。私は、これを望んでいたはずだ。そう……思っていたのに。私は堪らずその場から逃げ出した。




_____________________________



 私は光の速さでその場から去り、たった数秒だったが私は数百キロ先まで来ていた。そこは小さな森の中で、目の前には小さな泉が広がっていた。私は泉を覗き込み、今一度自分の姿を見た。


「あぁ……やはり醜い」


 私は、少女にこの姿を見せてどうしたかったというのだ。彼女を絶望させるつもりが、自分が自己嫌悪に陥るなどとは。神はなぜ私にこのような姿を与えたのだ。そして、なぜ姿を変える術を持たせたのだ。姿を変える術を持つ事がこの醜い私への慰めだったのだろうか。私にはわからない。


 ふと、後ろから少女の声が聞こえる気がした。そんなはずはない、これほど離れた距離から声が聞こえるなど。ここにいてもしょうがない。また、美しい姿に変わり、新たな商売人にでも捕まろう。今度はもっと、美しく、そしてより高値で買い取られるよう……。


 私はやけになっていた。早速私は姿を変え、今度はフェニックスのような姿になった。もちろん、少しの変化をつけて……今回は胸元にネックレスのようにはめ込まれた宝石のあるフェニックスだ。足の筋肉はしなやかに流れ、たてがみは絹糸のように美しい。まさに、彫刻のような美しさ。美しい角は朝日に照らされ、緑色に輝いていた。

 今日中に売られたい。私はそう思った。そのためにはまず、人の悪そうな商売人か狩人をみつけなくてはいけない。しかし、今回はそんな悠長なことはしていられない。私は、少女と出会ったあの場所に行く事にした。



「こりゃあすげぇ!宝が自分からこの店に入ってる来るなんざあ!」


 相変わらずこの店主の人相の悪さもさることながら、中身も見た目同様悪人である。こんな典型的な人間もそうそういないだろう。しかし、その単純さが今の私には使える。


「早速今日の夜中に売り出そう。こりゃあ、前に来たあの狼の倍は高く売れそうだぜ!」


 当たり前だ。前回の姿より、うんと美しく化けたのだから。今回は、きっと高く売れる。そう私は確信していたし、何よりもこれから訪れる高揚感に胸を躍らせていた。



_______________________________


 競りが始まった。順調に値段がついていく。私は静かにそのときを待った。そしてとうとう少女が私を買ったときよりも高い金額を叩き出した人物がいた。


あぁ、売れた。そう思うと私は大きな幸福感に包まれる……そのはずだった。


 しかし私の中には何も残らない。なぜだ。私はこれまで、ただ人に価値を認められる事が嬉しかった。ひたすらに、それだけが幸せだと思っていた。なのになぜ、今の私は満たされない。


 気づくと私はその場から逃げ出していた。私はなぜ動き出したのか分からなかった。いや、分かっている。私はあの少女の元に行くのだ。私は、あの少女に認めてほしかったのだ。本当の姿を、彼女なら認めてくれると思ってしまったのだ。これは根拠のない自信だった。少女は何も語らなかったし、私に話しかけるのも本当に少しの言葉ばかりだった。しかし、私たちの間には確実に何か分かり合う物があった。これは確実だ。そんな中に少しの期待をしてしまったのだ。しかし、少女は涙を流した。その姿に私は絶望してしまったのだ。あぁ、やはり醜い姿は見せてはいけない物だったのだと……。しかし、今ならあの醜い姿は目の錯覚であったとごまかせるかもしれない。今なら……またあの美しい姿でなら……また笑ってくれるだろうか……。私はそんな期待を胸に秘め、少女のもとへ戻った……。



__________________________________



 しかし、もう遅かった。少女の体は、既に冷たくなっていた。ブラウンの髪は薄汚れ、肌も荒れ、唇からは血がにじんでいた。そして、彼女の美しい目も見開いたまま光を失っていた。あの赤いドレスを手に握っていた。最後の力を振り絞って箱から取り出したのだろう。箱が無惨に転がっている。あぁ、なんと私は愚かなのだ!私の力を持ってすれば彼女をもっと良い環境へ連れ出すことなど容易に出来たはずなのに!私は、醜いばかりでなくこんなにも非力な獣なのか!


 私は自分の不甲斐なさと、少女を失った哀しみで心が荒んだ。そして、またその場から逃げ出した。私は走った、走って走り続けた。そして、遠く離れた町外れにある、一軒の明るい家を見つけた。いかにも幸せそうな夫婦が中にいる。いや、幸せそうに見えるが少しぎこちなさが見える夫婦だ。何かを抱える夫婦なのだろう。妻が夫を見る目が少し冷たい。


 今日は月の光が綺麗だ。少女と出会ったときと同じ……いや……少し違うかもしれない。しかし、美しい月の日だった。そして、私の心に最初のときとは違ったざわつきが生まれ、私はその夫婦の家に乗り込んでいた。夫婦は私の醜い姿に驚き逃げようとした。しかし私は部屋中で暴れ回り、家財道具を、壁を破壊し、そして夫婦を無惨な姿に引き裂いた。その悲痛な叫びが、私の心の荒んだ部分を更にざらつかせた。


 気づけば、その場にあった家はなくなっていた。いや、私が全て破壊したのだ。既に夫婦の死体も、家財道具も何もかも粉々になっていた。しかし、不思議と心が落ち着いた。なぜだろう、人を殺めたというのに、なんと清々しいのだろう。



 私は、自分の心の中に生まれたこの感覚に、新しい快感を感じていた。そんな私の黒い感情に反して、月は美しく輝き続けたのだった………。


番外編に続きます。

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