小説家な姉と弟くん
「姉ちゃん、これさ……」
俺はため息をついた。
レンガ造りのどこかの広場。
周囲の人々はどこかファンタジー風の服を着ており、
全員お互いの姿を見て愕然としている。
空中に浮いた魔法使い風の衣装を来た姉が、ドヤ顔で大きな胸を張る。
「これは……!」
「ボツ!」
ここは都内某所の喫茶店。
渋いマスターがコーヒーを淹れる音がする。
「姉ちゃん、この内容、このサイトに投稿するにあたって一番書いちゃダメなやつじゃん」
俺の姉は小説家を目指している。
濃い目のメロンソーダを残念そうな顔をして飲む姉に、
俺はこんこんと説明する。
「あのね、世の中には書いていいパロディと、
書いちゃまずいパロディってのがあるんだよ。
これはね、書いちゃヤバい方のパロディだからさ。
姉ちゃん小説家を目指してるんでしょ? だったら、
オリジナリティで勝負しなきゃ」
姉はいつも、古風にも手書きで小説を書いている。
姉が書いたものをネットにアップするのが、俺の役割だ。
俺たちは姉が小説をかき上げるたびに二人で喫茶店に行き、
こうやって打ち合わせみたいなことをしている。
「でもさ、それすごく売れてるじゃん?
だったら積極的に攻めていくのもいいと思ったんだよ」
姉はそういいながら、ストローでメロンソーダをぐちゃぐちゃにかき回す。
「いや、そういうのもわかるけどさ。
だからってこんな名シーンをそのまま使っちゃまずいでしょ」
「だったら、わかりづらければいいの?」
姉はメロンソーダを飲み干すと、マスターに
ミルク増し増しエスプレッソのトールを注文した。
っていうかそれ、ほとんど牛乳じゃん(※)。
この店、そんなのも注文できるの?
※エスプレッソのコップって本来超小さいので、
それをトールにした上にミルク増し増しにしたらもう
ほとんど牛乳になっちゃってコーヒー成分ないよねっていうことだね。
「そういうわけじゃないけどさ。
この前もほら、転生もの書いてたでしょ。あれもまずいよ。
あれ、このサイトでずっと1位だったやつほぼそのままじゃん」
「ふーんだ。マンガで読んだやつを参考にしただけだもん」
「かわいい子みたいなフリやめなさい」
姉の文章はすっきりしていて読みやすく、
身内のひいき目を抜いても、俺は好きだった。
ただ、悪い癖というか、
影響を受けやすく、その時々で影響を受けたものが
あまりにもそのまま出てくるのがたまに瑕だったのだ。
「まあ、今日の分はとりあえずもらっておくけど、
次のやつはよろしく頼むよ」
「へへへ、次の作品には大いに期待したまえよ? 弟くん!」
姉は自慢の巨乳を見せつけるかのごとく胸を張る。
「いま私は、作品のために絶賛取材中なのだ」
へぇ。
ちょっと興味をそそられるな。
「なに? 何を取材してるの」
「ふっふっふ……それは、アイドルグループについてだよ!」
アイドル……あの国民的な40数人いるアイドルグループのことかな。
「実はいまから面接なんだ。
できるだけ露出が多くて、短いスカートで来いって言われてるけど、
なんでだろうね? 踊るのかな」
「露出が多い服で踊る? 姉ちゃんどこに向かおうとしてるんだよ。
なんか嫌な予感するんだけど」
「大丈夫だよ。面接したらすぐ帰ってくるからさ」
「やめとこう、姉ちゃん」
「え?」
「その面接はやめとこ? なんかいろいろヤバい面接な気がする」
そうだ。ヤバいに決まってる。
いつの間にか自称社長と二人きりにされたり、いろいろされたり……。
マスターが、ミルク増し増しエスプレッソを運んできた。
姉は「多いなっ」と味なリアクションをかましてから、
「でも、姉ちゃん決めたからさ」とドヤ顔をしてエスプレッソを飲み干した。
「止めてくれるな弟くん!
小説家の道は、厳しく激しいのだよ」
「姉ちゃん!?」
「さらば!」
姉はバッグを手に、店から出ていった。
「姉ちゃん……」
俺が立ち尽くしていると、
マスターがグラスを片付けながら言った。
「弟くん、大事なものは、放っておくとすぐに壊れてしまうものだよ。
男なら、後悔したくないなら、やるべき時はやる。止めるべき時は、止めないと」
「マスター……!」
俺は、何を戸惑っていたんだ。
「わかったよマスター、俺、姉ちゃんを止めてくる!」
姉ちゃんを止めるべく俺は喫茶店を飛び出した。
ちょっと変なところもあるけど、大事な俺の家族じゃないか、姉ちゃんは!
「はっはっは。お代はツケにしておくからね~~!」
マスターの声を背中に受けながら、俺は走った。
数十分後、まさに危険な面接が始まろうとしていた面接現場に飛び込み、
俺は大立ち回りをして姉ちゃんを救った。
そして、その話をそのまま小説にした姉が、
超売れっ子の小説家になってしまうなんて。
世の中というのは、いろいろ感慨深いものだ。
俺はミルク増し増しのエスプレッソを飲みながら、
マスターと一緒にほほ笑みあう。