①
「今度は俺が母ちゃん家に会いに行く。約束だ、母ちゃん。」
「ふん、アンタの言う約束なんて信用できないわ。」
ベッドの上で笑いながら憎まれ口をたたく母親に手を振り、俺は自分の家へ帰る為簡単にまとめた荷物を持って病院を出た。
母親は再び搬送された病院で絶対安静を言い渡されたが、右手の腫れはだいぶ治まっていて数日病院で様子を見、異常がなければ退院できるらしい。
母親は俺が妙な夢を見始めた時よりずっと前から悪夢にうなされていたらしい。
父親の夢、少女の夢。
しかし、俺の誕生日が近づくにつれ『それ』はより鮮やかで残酷なものに変わっていったと言う。
それで居ても立ってもいられずに俺に会いに来たそうだ。
…しかしあの時、大怪我を負ったはずの母親の体には傷一つ付いていなかった。
確かに男に腹を刺され首元は大きく裂けていたのに。
顔の腫れも病院へ運ばれた時にはひいていて殴られた痕すら見当たらなかった。
それに、あの時俺の服にべっとりと付いたはずの男の血も肩に刺さった破片の傷もきれいに消えていた。
もしかしてあれも悪夢だったのか…?
いや、違う。
あの時確かに少女…未央姉ちゃんは、あの家に、俺たちの目の前にいた。
その証拠に俺の首元にだけ不揃いな爪痕がくっきりと赤く残っていたのだから。
萎れて枯れかけているシロツメグサの冠を握りしめもう一度呟いた。
「俺、絶対に忘れないよ未央姉ちゃんのこと…約束だからな。」




