99話:夢の中SIDE.D
新世界!
えと、大阪と言う前振りがなかったら完全におかしな人よね?大阪には新世界と言う地名があるのよ、本当よ?
浪速区にある新世界。通天閣があるのも、この新世界なのよ。通天閣ってのは簡単に言えば展望台ね。……大阪の人、ゴメン、馬鹿にしてるわけじゃないのよ。東京モンは馬鹿だからいい説明が思い浮かばないだけなのよ。
通天閣にはビリケンが置いてあるわ。1回解体してるから、今のは2代目通天閣で、ビリケン像も2代目よ。
なお、大阪人(関西の人ではなく大阪の人)はビリケンのことを「ビリケンはん」と呼んでいることが多いらしいわね。
と、まあ、結局のところ、大阪見学、と言っても適当に通天閣とか大阪城とか言って、串かつ食べて京都に帰ってるんだけどね?
帰りのバス、行きと同じようにあたしは眠りにつくわ。あの夢を、もう一度見る様な気がしながら。
あたしが七夜零斗と名乗る「暗闇の暗殺者」と出会ってから数日が過ぎたわ。正直に言うと、あいつが何者だったのかは今でもよく分かってないのよ。本当に「暗闇の暗殺者」だったのか、本当に七夜零斗と言う名前なのかすら分かってない状況よ。まあ、調べてないから当然なんだけどね。
でも調べる気にもならないわ。でも気になるのよねぇ。何か、妙に心に残る男だったて言うか……。
「闇音姉、どうしたの?」
光が声をかけてきたわ。どうやらあたしは、色々と顔に出ていたらしいわね。あたしらしくもない。
「なんでもないわ」
そう、何でもないのよ。本当に何もない。ただ、変な奴にあった、それだけなのよ。
「そう?顔を赤くしてどこか上の空だったから恋でもしたのかと思ったんだけどなぁ」
はぁ?恋ですって……。馬鹿馬鹿しい。そんなわけないじゃないのよ……。まったく、ねぇ。
「……え。いえ、そんな。そ、そそ、そんなわけないわよ。うん、そんなわけない」
そう、あたしが、このあたしが一目ぼれなんてするわけがないわ。うん、そんなただあっただけのあんなやつを好きになるわけないじゃない。
た、確かに、見た目はよかったと思うわよ。淡い紫の瞳は、何か吸い寄せられそうな感じだったわ。
真っ黒な髪もよかったと思う。しかも適度に長くて、ロン毛ウゼェとかならないし、坊主でもない、ちょっと目が隠れる手前くらいの前髪に襟元くらいまでの髪だし。
鼻も高かったし、まあ別に低くても文句は言わないけど豚鼻は無理よ。
それから肌も普通の色だったから。ほら、真っ白な奴とかいるじゃない?ああいうのは無理。流石に日に当たりなさいよ。かといって当たりまくって真っ黒でオイル塗ってテカテカしてる奴も無理なんだけど。
あとは背も結構高かったのよね。ほら、あたしが光と同じくらいの身長あるから178くらいなのよ。それより低いのはちょっとね。せめて同じか、それ以上は欲しい。
それに筋肉も程よいくらいだったし、それはよかったわ。ほら、ガリガリはダメだけど、ムキムキなのも暑苦しくて嫌よ。
あと、お尻。あのお尻のとこがキュってしたとき……って何言わせんのよ!人の性癖暴露大会みたくなってんじゃない。
でも、あれ、あれあれ、よく考えたら、モロ好みのタイプじゃない?え、嘘、ちょっと待って。
「――――っ!」
待って、顔が真っ赤になってるんだけど。恥ずい、超恥ずい!
「ど、どうした、闇音姉!」
光、今は声かけないで!
「やっばいの!超やっばいの!」
もう何がやばいのかはあたしにも分からない。
「何がヤバイんだよ!」
光も困惑気味だけど、今はそれどころじゃないのよ。
「好きなのよ!超好きなのよ!むっちゃ好きなのよぉおおおおお!」
ヤバイ、何これどうしよう。あ、あたし、今まで恋愛とか考えたことなかったけど、何か、こう、むっちゃムズムズする!
「あ、あれぇ……?もしかし、俺が自分から振っといてなんだけど、マジなやつなのか……?」
光が、ちょっと引き気味にあたしのことを見てくる。何よ、悪い……?
あたしだって戸惑っているわよ!こんなの初めてなんだもん!どうすりゃいいのよ!
「なるほど、普段から何事もそつなくこなしている人間が、自分の全く分からない事態に陥るとこうなるのか……」
冷静に分析すなっ!
「何よ、あんただって恋愛経験無いでしょ?!恋したらこうなるわよ!」
とあたしが言うと光は暫しの間、目を点にするわ。何その怪しい感じ!ま、まさか……。ゴクリ、と思わず唾を飲み込むあたし。
「もしかして、彼女、いるの……」
まったく聞いてないんだけど……。光……、ああ。姉萌えだと思ってたのに、いつの間にか、立派になって。
「ま、まだ、付き合ってるわけじゃないよ!」
へぇ~、ふぅん、ほぉ~ん。なるほどねぇ、付き合ってないけど好き合ってるってことでいいのよね。
「へぇ、それってどちらさん?あたしも家族として挨拶くらいしとかないと」
もの凄く興味あるのよねぇ……。やっぱ、隣の家の幼なじみのファルリッヒちゃんかしら?
「えと……、この間、護衛をした九浄家の御令嬢なんだけど」
九浄……?
九浄って確か……九浄天神家?!確か、辰祓神社と提携を結んで同じ神を信奉している神社の家で、伝説の刀【天羽々斬】を奉納しているとか何とか。
「マジで?!」
あたしは凄く驚いたわ。え、だって、この辺一帯での権力を二分している一家よ?もう一家は蒼子さんね。
「うん。九浄燦ちゃん」
へぇ、燦ちゃんね。……?
「護衛対象の娘を『ちゃん』付けで呼んでもいいの?」
普通は「様」とか、せいぜい「さん」じゃないの?
……もしかし、「さん」とか付けたらおかしいくらい幼いのかしら?光、幼女趣味説、浮上!
「本人にそう呼んでくれって言われたんだよ。燦ちゃん、何故か俺にべったりで……」
そら、イケメンだからなんじゃないの?
「1回だけさ、刀の稽古の名目で試合したんだけど……」
へぇ、何よ。試合に負けて、「私より強いなんて……。もう一生彼に付いて行くわ!」ってノリなのかしら?
「勝ったの?」
あたしの問いかけに、光は首を横に振った。
「負けたよ。手を抜いたからな」
あ、そ。まあ、もっとも、光は女性に手を上げることを嫌うからね……。本気で叩き潰したりはしないでしょうけど。
「ふぅん、だったら何でべったりに?」
自分より弱い男をはべらせるドS女王だったってこと?
「俺が手を抜いたのがバレてね。しかもほとんど本気だしてないってのがモロバレだったらしくて……」
ああ、なるほど。「私相手にこんなに手を抜いて、しかも、私を尊重させるためにわざと負けるなんて……素敵っ」って展開ね。
「その子、どうなのよ。可愛いの?」
まあ、光もまんざらでもなさそうだから、きっと可愛い子なんでしょうね。
「えっと、うん。姉さんよりも可憐だよ」
ほぉ、可憐ね。まあ、あたしが可憐だとは自分でも思ってないから。しかし、まあ、綺麗や可愛いと言わないあたり、あたしを信仰してるのよね。あたしが「美」だと思っているのよ、光は。
「へぇ、そいつは期待できそうね」
どんだけ可愛いのが来るか期待できそうだわ。何せ、光が女性に対して、いい意味で「姉さんよりも」と言う言葉を使ったのは蒼子さんだけなのだから。
「まあ、機会があったら姉さんにも紹介させてもらうよ。それよりも姉さんの方の好きな人ってのはどんな人なのさ?」
うっ……、どんな人ってったねぇ?
「暗闇の暗殺者、七夜零斗。それがそいつの名前よ」
まあ、本名かどうかはわかんないけどね。
「へぇ、暗殺者か……。まあ、姉さんには似合ってそうだけどね。物理的に姉さんよりも強い、何て人物はいないだろうし。2人揃って暗殺業なんてお似合いじゃん」
そ、そうかしら……。じゃあ、どうにか探りを入れてみようかしらね。
「のんちゃん……!」
んぅ?
「暗音ちゃん!」
あたしははやてに揺すられる感覚で目を覚ました。うぅん、何よ、もう……。
「もう着くから起きて、暗音ちゃん!」
ああ、そういえば大阪から京都の「楽盛館」に帰ってくるバスに乗ってて寝ちゃったんだったっけ?
何か、すっごい懐かしい夢を見たような気がするわね。……。
「あら、着信ね」
あたしはスマホに表示されている不在着信の文字に眉を顰める。誰かしら……。紳司……、ではないでしょうし。
「あら、龍馬じゃない」
誰からかの着信を確認して目を丸くしたわ。ちょっとかけてみようかしらね……。
数度のコールの後、向こうが電話に出る。
「久しぶりね、龍馬。どうしたのよ、こんな時間に電話なんて貴方らしくもない」
龍馬は前に幾度か電話をしてきたけれど、全て9時とか10時とかの、高校生が寝る時間には早く、おそらく食事中でもないくらいの時間帯を狙ってかけてきていた。
あっと、念のために、天姫谷龍馬。春に起きた一件で、あたしと騒動を起こした天姫谷家の人間で、《古具》を持っていないわ。
『ああ、久しぶりだな。すまない、本来なら、もう少し早くお前に連絡する予定だったのだが、少し都合が合わずにな。少々、急だが今日の夜、天姫谷家に来ることは出来るか?』
ああ、そういえば、修学旅行中に天姫谷家にお邪魔するって話をしてたっけ?それで、修学旅行の日程は龍馬に写真撮って貼っ付けといたんだったわね。
「ええ、構わないわよ。……くくっ」
つい、笑ってしまったわ。何せ、あたしは、今日、天姫谷家をぶっ潰せるんだから……。
『何かひっかる笑い声だな』
龍馬はそんな風に、おそらく電話の向こうで引きつった顔をしているでしょうね。さて、と、どうやってやるとしましょうかね。
「それじゃあ、後でね」
そう言って、あたしは通話を終了させるわ。さて、紳司は誘わなくてもいいわよね……、昨日、一昨日となにやら暗躍してたみたいだし。あたしは、あたしで今日は暗躍させてもらうわよ。
「ねぇ、暗音ちゃん。今の電話、誰にしてたの?弟さん?」
はやてがそんなことを問いかけてきたわ。ふむ、はやてはあたしが電話しているってことは弟さんと電話かな?って思考に直結するのね。
「違うわよ。知り合いよ」
そう、単なる知り合い。別段、縁があるわけでもない、ただの知り合いよ。
「そういえば……」
あたしは、ふと、ほとんど覚えていない夢の中での自分を思い浮かべる。七夜零斗、そして、蒼刃光。もしかして、光って……、いえ、単なる偶然よね。顔立ちは若干似ているけど、まさか、鷹月が……。鷹月……鷹月輝。
いえ、まさかそんなわけもないわよね。でも、もし、そうだとしたら、あたしと鷹月は決して結ばれることがないんじゃないかしら。前世で血を分けた姉弟であったなら、普通、その相手のことは姉とか弟にしか見えないんじゃないのかしら?
ま、どうでもいいわね。でも、これからは、なんとなく、親しみをこめて、鷹月ではなく輝って呼んであげましょうかね。
そう、心に思いながら、あたしは、今夜の行動計画を立てるのよ。




