96話:奈良SIDE.GOD
秋世が何故か声をかけた小柄な美少女、自称姫様のディスターヌさんとその連れの青年。俺は全く訳が分からないんだが……。秋世の口ぶりだと、何か有名人っぽいんだが。どういう意味での有名人なんだ?
「貴方は何者ですか?何故、ディスターヌのことを知っているんです?」
少し威嚇するような視線で秋世のことを睨む青年。辰也って言ったっけな?どうやらディスターヌさんのことがとっても大事らしいな。付き合ってんだろうな。
「ああ、ちょ、勘違いしないで。えと、青葉王司の担任だった天龍寺秋世よ。こっちは王司君の息子の紳司君」
秋世は俺と自分を指してさらに父さんの名前を出した。何故ここで父さんの名前が出てくるんだっ?!
「む、青葉先生の先生と息子さん?
……確かに、息子だという方は似ていますね。失礼しました」
そして父さんの名前の効果がデカイ!どうなってんだ、一体。父さんの関係者ってことでいいんだろうか。
「オオ!オウジさんのオ知り合いデスカ!」
ディスターヌさんとやらは父さんの知り合いだと分かると顔を綻ばせていた。どうなっているんだ。
「あ、紳司君。彼女は【閃紅】のディスターヌ・ミランダ=クルーゼ。えと異世界にあるミランダ公国の第1公女様よ。国を追われて一時期旅に出ていた頃に【閃紅】の二つ名を貰ったらしいわね。旅の道中、偶然旅行中の王司君が助けたっぽいのよ。そっちの子は、間違ってたら悪いけど、転移者の久我辰也君、かしら?【漆刻】のタツヤの異名で通っていた」
誰だよ……。しかし、また異世界関係か?京都来てから異世界関係者多いな、おい。何なんだよ、京都。
「ええ、久我辰也です。青葉先生には剣術と簡単なサバイバル技術を学びました。先生のおかげで僕等は、リヴァテインを退けて、バンジルギを倒して、ディスターヌの祖国へ帰ることが出来たんです」
へぇ、父さんも色々やってるんだな。俺は異世界に行ったことはないけど、どんなものか一回は見に行ってみたいよな。
「【蒼刻】や【終極神装】、蒼と銀の【力場】を持つ凄い人でした」
ラグナロク……、神々の黄昏。北欧神話における世界の終わりの最終戦争のことだ。しかし、この場合は別の意味だろう。確か、明津灘家で守劔がその言葉を口にしていた。
その後に起きたことから、おそらく天使的な何かと融合、或いはその力をその身に顕現する能力だと思うんだが。
父さんもそれを使えるってことはやっぱり、父さんも天使をその身に宿しているんだろうな。
「【蒼刻】も王司君は、初めて使ったときから短距離転移とか自在に使えてたっぽいし、清二さんよりも【力場】操作には長けているのよね」
ん?俺も短距離転移くらい出来たぞ……?まあ、その辺は人それぞれだろうし、考えるだけ無駄か。
「タチュヤ、オウジさんって有名なんデス?」
ディスターヌが聞くけど、父さんは裏界隈では有名人でも表には出てこないからな……。そう言った意味で単なる一般人は知らないからな。
「いや、少なくとも僕は全く知らなかったかな。それと何度も言うようだけど、僕は辰也だって」
肩を竦めて、そんな風に言う辰也。まあ、そうだろうな。転移者とはいえ、一般人っぽいから知ってるはずもないんだよな。
「少なくとも一般人の間じゃ、そんなに知られてないだろうな。裏の方ではチーム三鷹丘の主力として有名らしいが。俺もそんなに詳しいわけじゃないからな。秋世、どうなんだ?」
ここは一番こっちでの常識に詳しいであろう秋世に聞いてみた。秋世なら、父さんの正当な評価を知っているだろう?父さんよりも年上だし。
「そうね、概ね紳司君の評価が正しいんじゃないかしら。チーム三鷹丘を知っている人からの評価は恐ろしく高いから」
ふぅん。まあ、父さんについてはどうでもいいんだけどな。それよりも、異世界の人間が何でこんなところにいるんだよ。
「そういえば貴方達は、どうしてここに?」
お、秋世が俺の思っていたことを聞いてくれた。ナイスだな、たまにはやるもんだ……。まあ、ダメな秋世も可愛いからいいんだがな。
「はぁ……僕達は、一応、ゲートを使って、僕の生まれ故郷につれてきたんです。ディスターヌが見たいって言っていたので」
へぇ、彼女にせがまれて故郷を見せに来たのか。てかゲートって何だ?異世界に通じているってか?
「ふうん、さすがは異世界ね。ゲートもあるの……。でも、そのゲートって私達とかが通れるの?通れるんならちょっと行ってみたいんだけど」
確かにそうだ。異世界への門ってのは気になる。だが、制約は多そうだよな。世界同士を結ぶってのは。
「いえ、通れるのは僕とディスターヌだけで。先生は、龍神の力で来た、とかどうとかおっしゃっていましたけど」
龍神……?そういえば聖騎士王もそんなことを言っていたような気がするな。まあ、そのうち分かるかもしれないので今はスルーだ。
「まあ、そうでしょうね。あそこ以外に移動できる場所はないし……。ま、危なくないうちに帰んなさいよ。仮にも一国の姫とその仲間なんだから」
秋世はそうアドバイスすると俺の方を向いて、俺の腕に自分の腕を絡める。なんだ、一体。
「じゃ、行きましょ、紳司君」
ああ、そうだった。修学旅行中だったな、俺達。正倉院に早く向かわなくちゃな。そろそろ、みんなも来る頃だろうし。
と、言うわけで正倉院の前で、俺と秋世は待っているのだが……一向に来る気配がない。どうなってるんだろうか。静巴に電話しようかな……。
「まあ、しばらく待ってたらくるんじゃない?」
秋世がそう言うので電話するのはやめた。まあ、待ってれば来るか。どのくらい待てばいいんだろうか。渋滞とかかなぁ……。
「あ、あれじゃないかしら?」
秋世が呟くと、ゾロゾロと集団でやってくる人群がある。ああ、そうっぽいな……。どんどんこっちに近づいてきてるし。
俺は先頭にいるのが桜麻先生だと気づいた。どうやら、秋世不在の間、外的から守っていたらしい。
「あ、天龍寺先生。それに青葉君。2人ともきちんと集合場所に来たようで何よりです。しかし、もし予め、旅館の方に集まれない場合は、こちらにも連絡を入れていただけませんか?」
至極当然なことだった。まあ、主連絡すべきは秋世だからな、俺には関係ない。
「青葉君もですよ?むしろ、青葉君がこちらに連絡を入れるようにしてください。天龍寺先生は少々連絡をおろそかにするところがありますので」
確かに秋世は連絡をしないことが多いよな。だが、まるで俺が秋世の保護者みたいになってるじゃないか。
「ちょ、酷くないですか?」
文句をぶーたれる秋世だが、お前は文句を言える立場じゃねぇ、黙ってろ。文句を言いたいのは俺だ。
「こっちもこれの面倒を見るのは大変なんですよ?それに、俺は秋世が旅館に居ないのを静巴からの連絡で知ったんですよ?その前の時点で連絡を入れるのは無理です」
静巴には、電話がかかってきた時点では秋世と合流していないことにしていたので、それを貫き通す。
「え、これ扱い?てか、紳司君、私等昨日からいっ」
秋世の言葉が途中で途切れたのは、俺が秋世の足を踏みつけたからだ。空気を読んで黙ってろ。
「まあ、そう思うのも無理はありませんが、色々と迷惑がかかりますので……。出来るだけこれからはそうしていただきたいのですが」
まあ、これからは、ね。
「分かりました。これからは、なるべくこれを管理していきたいと思います」
秋世は最後まで「これ」扱いだった。そして、一応、ほとんどの生徒と教師が揃ったのを確認すると、桜麻先生は、この場を仕切る。
「それでは、この奈良公園を案内してくださる方をお呼びしておりますのでここからは彼女の案内に従ってください」
彼女……?と言うことはガイドは女性なのか。誰なんだろう……って知り合いなわけがあるまいし。美人だといいな。
「は~い、こんにちは」
結果、美人だった。うん、美人だったけど、人妻だった。そして、しかも知り合いだった。
「守劔……義姉さん」
一応便宜上、そう呼んだほうがいいかと思ってそう呼んでみた。特に深い意味はない。うん、ない……と思う。
「どうも、紳司君……だったわね」
未だぎこちない俺と守劔。そこに、その姿を確認した紫炎が驚愕の声を上げた。
「守劔姉さん?!な、何で……?!」
その声のおかげで皆の意識が紫炎に向いた。俺は息をつきながら、何故、こうなったのか、と思う。
そもそも、ここは奈良だから、京都司中八家の管轄外だろう。と思ったが、そういえば神代・大日本護国組織とか言うのの一員だったっけか?ここが日本だから、と言われればそこまでか。
「あ、そうだ……」
今回は奈良だから行くとしたら【神刀・桜砕】を持っていくつもりだったんだが……しまったな、静巴にそのことを伝えるのを忘れてたぜ……。まあ、いざとなれば秋世に取ってこさせるんだが。
「紫炎ちゃん、私はただの案内人よ。まあ、ヴェーダも奈良が見たいというからついでに見せるために来たの」
と、明津灘の2人が話をしているうちに、気がつけば、静巴が近づいてきていた。どうやら、彼女達に皆の視線が集中している間に列を抜けてきたのだろう。
「はい、青葉君、これを」
そう言って差し出されたのは【神刀・桜砕】だった。何てこった。言ってないのに伝わってる辺り以心伝心ってやつか?
「サンキュ。それにしてもよくもって来てくれたな。俺は秋世にとりに行かせようかと考えていたんだが」
俺の言葉に、静巴はジトっとした目で俺のことを見て、蔑むように言った。
「それで、秋世とは楽しい夜が過ごせましたか?」
昨夜はお楽しみでしたねって言う店主か、お前は?!てか、バレないように装ったのに何故バレた。
「電話越しに秋世の甘える犬の鳴き語みたいなのが聞こえました。酔うと割りと頻繁にああなるのでそれで悟りました」
秋世め。てか、犬の泣き声って……。はぁ、ったく説明が面倒だな。どうにか誤魔化……せそうにないな。