89話:律姫との待ち合わせSIDE.GOD
俺が「楽盛館」を出ると、丁度いいタイミングで、タクシーがエントランス前に乗りつけた。しかも四つ葉タクシーじゃないか!乗ると幸運になれるという都市伝説バリの四つ葉タクシー。
「はい、これで。ありがとうございました」
キャッシュカードでお金を払って出てきたのは律姫ちゃんだった。
冥院寺律姫ちゃん。俺の後輩で、水泳部の部員でもある。天姫谷家との事件に巻き込んでしまってからは、少し交流がある程度だ。
京都の名家、冥院寺家の次女で、跡取り問題を抱えるあたりは紫炎の明津灘家と似たような感じらしい。この場合、また結婚ってことになるんだろうか……?いや流石にないよな。
「やあ、律姫ちゃん。こんばんは」
タクシーを降りて、「楽盛館」の中へ入ろうとする律姫ちゃんに、にこやかに声をかけたのだった。
「あっ、せ、先輩」
顔を赤く染め、仔犬のようにトコトコと寄ってきた。相変わらず可愛いな、律姫ちゃんは。
「す、すみません、あた、わたしのためにわざわざ……」
そう言って俯く律姫ちゃんに、俺はそっと撫でるように律姫ちゃんの頭に手を置いた。
「気にしなくていいよ。俺が好きでやっていることだからね」
ぽんぽんと律姫ちゃんの頭を軽く叩き撫でる。しかし、律姫ちゃんちってどんな感じなんだろうな。【殲滅】の冥院寺なんていう物騒な名前付けされているし。
「ところで、冥院寺家ってどんな感じなんだ?」
俺は聞いてみた。すると、律姫ちゃんは、少し困ったように眉を寄せて頬に人差し指を当てる。
「【殲滅】などと銘打っていますが、その実のところ、代々受け継がれる【殲滅】とそして、それを利用した《古具》が揃ってこそ本来の家になるといわれている家でして、あた、……わたしたちは姉妹は、揃って《古具》には恵まれずに、【殲滅】の力のみを持っていました」
【殲滅】、ね。その【殲滅】ってのはどういう力なんだろうか。《古具》とかとはまた違う能力みたいだしな。
「【殲滅】と言うのは、……何かしらの物の内部に【力場】構築をし、急激に肥大化させることで内部から崩壊させる力です。生まれつきわたしとわたしの姉は持っていました。父は《古具》だけだったみたいなので、妙につりあいの取れない一族なんです」
へぇ、それにしても、生まれつき【力場】とやらを扱う力を持っているのか。確か、【力場】と言う言葉は、最近よく聞くようになったな。タケルなんかも【戦闘力場】や【力場】でマントを固定しているなどと言っていた。
つまり、裏の界隈では有名な力なのだろうか。しかし、そうなると《古具》に【力場】は関わってないみたいだし、その辺はよく分からないな。
「【力場】とかってのはどういう力なんだ?」
俺は、この分野に関しては俺より知識のありそうな律姫ちゃんに聞いてみることにした。すると、俺の質問に対し、律姫ちゃんは、これまた暫し考えて言う。
「そ、そうですね。先輩は、《古具》を持っていますが、《古具》に類似するものに《聖剣》と呼ばれるものがあります。そして、この《古具》と《聖剣》に関することで、《古具》使いは《聖剣》に触ることが出来ない、と言う誓約があるんです」
ああ、紫炎と巻き込まれたミュラー先輩を巡る《聖王教会》との戦いで確かにそう言っていた。そして、紫炎も《聖剣》に触れたときとても痛がっていた。まあ、俺には聞かなかったわけだが、それはよく分からん。
「えと、それは、ある人が……いえ、人、と言う定義に当てはまらないのでしょうが、蒼刃蒼天と呼ばれる存在が、《古具》と《聖剣》をつくり、この世界に与えた、とされています。確か、これに関しては40年くらい前でしたか?チーム三鷹丘が結成された当初に分かったとか……」
チーム三鷹丘、父さんやじいちゃんなんかが所属している集団だったな。流石に、詳しいことは知らないが……。てか【力場】の説明は?
「そして、《古具》は蒼天の『力』を、《聖剣》は蒼天の『血』を、それぞれ受け継いだ者に使えるそうで、『力』と『血』は相反するから《古具》使いは《聖剣》に触れないですし、《聖剣》使いに《古具》が宿ることはありません。尤も、《魔剣》使いは、《古具》を持っていることもありますし、《古具》使いが《魔剣》に触れることも可能です」
ほぉ……《古具》と《聖剣》と《魔剣》については分かってきたな。で、【力場】については?
「まあ、それは、この世界における《聖剣》と《魔剣》に関しては、と言う条件がつくんです。えと、先輩は、この世界……あた、わたしたちの世界の他にも無数に世界が広がっていると言われたら信じますか?」
多世界解釈か?それとも、立体交差世界か?まあ、その辺はどうでもいいか。しかしながら、俺はおそらく異世界はあると思っている。姉さんの中にいるグラムファリオと言う存在は明らかにこの世界の存在ではないし、他にもいろいろとある。ミュラー先輩の話を聞くに、聖騎士王やじいちゃんは、異世界とも交流があったみたいだしな。
「ああ、信じる」
と、そこで俺がそう答えると律姫ちゃんは意外そうな顔をした。どうかしたのだろうか?俺の答えがそんなに意外だったのか?
「どうかした?」
俺がそう問いかけると、律姫ちゃんは、ハッとして、慌てて首を振って、そして、何度か目を擦ってから話を再開する。
「いえ、すみません。あたし……わたしや姉は、初めてその話を聞いたとき、御伽話の空想だと笑ったんですよ。それをあっさりと信じたもので……」
まあ、判断材料と言うか、ヒントがあったから、ある可能性は割りと前からあると思っていたしな。何より《古具》に目覚める前から、割りとそういうことは考えていた……などと言うと中二病を疑われてしまうかな?
「可能性の問題さ。それで、異世界がどうしたんだい?」
俺は話を進めることを促した。すると、律姫ちゃんは、話が進んでいないことに気づいたのか、慌てて話を再開する。
「この世界に流れつく《聖盾》や《聖鎧》などは、《古具》使いが触っても何ら影響がないことから、蒼天の創ったものではないのではないか、と言うことで20年ほど前から調べられ始め、異世界からの漂流物であることが分かったんです。この発見もまた、チーム三鷹丘によるものですね」
20年前と言うと、丁度父さんや母さんが俺や姉さんくらいの年だろうか。40年前はおそらく、じいちゃんとばあちゃんが俺や姉さんくらいの年だったと思う。
「と言うことは、《聖剣》も《魔剣》もこの世界以外の物もあるんでしょうし」
まあ、何より異世界と言うと、俺の前世も明らかにこの世界ではなく、そして、《聖剣》と呼ばれるものも《魔剣》と呼ばれるものもゴロゴロ作られていた。むしろ、《魔刀》にいたっては、それらを全て超越していたといってもいいのではないだろうか。そんな状態だ、異世界にはそりゃ《聖剣》も《魔剣》もあるだろうさ。
「と、話が逸れましたね。《古具》や《聖剣》、《魔剣》と言うものを生み出した蒼天と言う存在は、所謂『神』でした」
それは姉さんから聞いていた。神の座へと至った存在、それがグラムファリオを《古具》として封じ込めた蒼刃蒼天であると。
「そして、彼の神としての能力は『創造』だ、とチーム三鷹丘の青葉清二さんがおっしゃっていました。なので《古具》は個人が作ったもので、この世界固有の物です」
なるほど、じいちゃんがここで出てくるか。まあ、じいちゃんがそういうんだったらそうなんだろうな。
「ああ、じいちゃんがそう言っていたならそうなんだろう。それで【力場】は?」
俺は再度【力場】について話すように促した。律姫ちゃんは、目で「あせらないでください」と言っているようだった。
「はい、【力場】について、ですね……ってじいちゃん?!え、青葉清二さんが?!」
うお、ビックリした。急に大きな声を出さないで欲しい。ここは旅館の前だ。旅館の人が不審がって見にきたらどうするんだよ!
「ああ、そうだけど?じいちゃんが青葉清二。ばあちゃんが青葉美園。父さんが青葉王司。母さんが青葉紫苑。全員チーム三鷹丘のメンバーだ。まあ、詳しい説明は俺も受けていないんだが」
そう補足説明をした。それで、俺は目で、話の続きを促した。すると、律姫ちゃんが話を再開する。さっきから中断しすぎだろ、話。
「えと、それで、……ああ、そう【力場】について、でしたね。えと、一部の人間には、【魔法】とも称される【力場】ですが、【力場】と異世界にある魔法との関連性はほとんどありません。【力場】と言うのは本来万物に備わっているものです。この辺は世界によってあったりなかったりする《魔力》とかそう言った概念とは異なってくるものです。おそらく万世共通のものだと思います」
なるほどな。あらゆる世界に存在しているのか。てことは俺も【力場】が使えるんだよな。タケルは俺の【戦闘力場】が高い的なことを言っていたわけだしな。
「例えば、明津灘にいる自称魔法少女や烏ヶ崎にいる自称天使など、そう言った存在はほとんどが【力場】を使えます。元来この世界に存在しないという存在らしいですから。ですが、《古具》使いのほとんどが、そう言った力を必要としないくらい《古具》と言うものがあるので、《古具》使いで【力場操作】が出来るのは、冥院寺家の人間を除くとほとんどいません。ただ、義父様や義母様、義祖父様は使えたみたいですが」
それは俺の父さん、母さん、じいちゃんでいいんだよな。何かニュアンスがおかしかった気がするが。
「【力場】と言う概念を一言で説明するのなら、『己の裡なる力』と言うべきでしょうかね。元来人が持っているものですから」
おそらく七星佳奈も持っているのだろう。今度聞いてみよう。マリア・ルーンヘクサあたりも知っていそうだが、俺は会ったことがないしな。姉さんとも相談して、色々と話していくか。
一応、前世の記憶にもそれっぽい力があったり、なかったりするのだが、それがその世界固有の物なのか【力場】なのかがさっぱり分からないからな……。
「なるほど、ありがとう。だいぶ分かったよ。ところで、そろそろ移動しないか?」
俺がそういうのと同じくらいに、一台のド派手な車が到着した。フェラーリだ。それも真っ赤な。夜でも映える車に、俺はちょと引いた。
「律姫様、お迎えに上がりました」
まるで執事の様な仕草をしている女性。スーツと言うか執事服なので執事なのだろうが、女性だ。何故にメイドではなく執事?
「あ、矛弥さん。お迎えご苦労様」
女性はこちらを見ていた。じゅるり、舌なめずりが聞こえた。……なんだ、この人は?!
「あ、この人は、帝矛弥さん。あた……わたしの執事です」
ほう、やはり執事なのか。それにしても、なんだったんだ、さっきの舌なめずりは……。
「この方が律姫様の……。律姫様の選んだお方でなければ食べちゃいそうなくらいカッコいい方ですね。貰ってもいいですか?」
「ダメです!」
なんだか妙な会話を繰り広げる2人を見ながら、俺は2人に続くようにフェラーリに乗り込んだのだった。