88話:騎士SIDE.GOD
と、まあ、色々あって、班別自由行動を終えて、俺と静巴と秋世は無事に「楽盛館」に帰ってきた。班別自由行動は、本来は予定になかった銀閣を秋世の《銀朱の時》のおかげで捻じ込めた。
なので、金閣、銀閣、二条城、清明神社など様々なところを回ることが出来たのは嬉しい誤算だったな。
そして、2日目の夕食を終えた俺は、1階ロビーである人物を探していた。その人物は、もちろん、待ち合わせている律姫ちゃん……ではなく、七星佳奈である。
いや、だって、裕太が七星佳奈に奇襲を仕掛けに行ったって聞いて、流石に気が気ではなかった。よもや殺してないだろうな……。
暫し、ロビーにいると、飲み物を買いに来た七星佳奈に会った。会えるかどうかは賭けだったが、会えたようで何よりだ。
「ちょっといいですか?」
相変わらず、七星佳奈には何故か敬語を使ってしまう。まあ、いい。今は、話をするほうが大事だからな。
「……あら、貴方ですか。何か?」
自動販売機で水を買っていたようだ。何故に水?まあ、気にするほどのことではないだろう。
「いえ、妙な敵の奇襲を受けなかったか、と思いまして」
俺がそう聞くと、七星佳奈は、「ああ」と即座に思い当たったみたいだ。やはり裕太の襲撃を受けたのだろうか?
「ええ、受けましたよ?市原裕太、と言いましたか?」
あっさりとそう言った。七星佳奈自身はピンピンしているので余裕で勝ったのだろうけど、裕太はどうなったんだ?
「こ、殺してませんよね?」
恐る恐る聞いてみる。すると、七星佳奈は不敵に笑った。俺は一瞬まさか、と思い目を見開いた。
「殺してはいませんよ。あの程度を殺すのに使っては連星刀がかわいそうですから」
連星刀……?!あの神が授けたという8振りの剣の1振りは七星佳奈が持っていたのか?!
「そうでしたか、連星刀剣の1つを持っているのは、貴方でしたか」
俺は驚きの言葉を七星佳奈に告げる。すると、七星佳奈も、俺が連星刀剣について知っていたことに、少し驚いていたようだ。
「へぇ、連星刀剣のことも知っているんですね。素直に感心した、と言っておきましょう」
何か上から目線だがむかつかないってか、当たり前って感じるんだよな、七星佳奈って。まあ、凄い奴であることを知っているからか?
「ええ、まあ、俺自身、鍛冶師として生きていましたし、連星剣を持っているのが親類の七峰静ですしね」
今の俺にとっては先祖にあたるんだろうか。父違いの娘が先祖ってのもなんだか妙な気分だが。
「鍛冶師……?しかし、連星刀剣を持つ親類ですか?大半が行方不明になっている中で、その行方が分かるものがあるとは……」
大半が行方不明、ね。静が持つ連星剣と七星佳奈が持つ連星刀以外は行方が分かっていないはずだ。
「行方が分かっているのは他には?」
一応、鍛冶屋の端くれとして、剣や刀の所在は把握しておきたい。機会があれば一度見てみたいからな。
「四星剣だけは、東雲楪と言う女性が持っているようですね。マリア・ルーンヘクサが言っていました」
へぇ、今判明している持ち主は全員女性なのか……。どうなってんだ?まあ、どうでもいいか。
「ああ、そういえば、火雲と言う人物が持っている可能性がある、とも言っていましたが」
火雲ねぇ。まあ、よく分からんが、それも不確定情報だし。しかし、大多数が行方不明の剣、か。
「それにしても、便利な世の中ですよね」
七星佳奈が急にそんなことを言い出した。何の脈絡もなさ過ぎて、一瞬反応に困ってしまった。
「自動販売機があるからわざわざ井戸で水を汲む必要がないんですよ。飯時以外に空腹になってもコンビニがあるのでどうとでもなりますし。向こうは飯時以外は騎士団の食堂はやっていませんでしたからね。自炊するか、さもなくば、我慢でしたね」
どんな環境だ!現代人の感覚としては信じられないな。てか、街の食堂に行けばいいんじゃないのか?
「他のところに食べに行けばいいじゃないですか?」
俺の言葉に、七星佳奈は溜息をついた。どうやら俺は見当違いなことを言ってしまったらしいな。
「騎士団員は街で食事が出来ません。街をぶらついては偉ぶって店の一角を占領したり、店で騒いだりするから粛正のために禁止になったんですよ」
ああ、フィクションではそういうのも多く描かれるよな……。まあ、騎士としては、普段は上からの圧力があるから街で偉ぶって鬱憤を晴らしたいんだろうが。
「でも、貴方はそんなことしないですよね?」
七星佳奈の性格的にそんなことをしそうにないんだが。むしろ、街の人におごったりしてそうだよな、敵には容赦ないけど。
「無論ですよ。私やレイジの様な騎士は多くいますが、一部のゴミの様な騎士のせいで、我々が害を被ったのです」
へぇ、どこでもそういうことはあるんだな。一部のせいで印象が悪くなるってこと。なお、「害を被る」というのは「被害」と言う言葉と同じ意味である。しかし、昨今「被害を被る」と誤用されることが増え、半ばそれでもいいんじゃないか、となっている節がある。ちなみに、一番よい遣い方は「損害を被る」と「被害にあう」であると思う。
「さて、それでは、私はこの当たりで失礼します」
七星佳奈は、水を持って、さっさと帰ってしまった。それにしても、騎士、か。俺の知り合いにマジな騎士なんていないしな。せいぜい、聖騎士王とか名乗っている自称アーサー・ペンドラゴンさんだけだからな。
ペンドラゴン……、前にも言ったが、アーサーの父が得た称号であってアーサーの名乗るものではない。しかし、聖騎士王は自ら名乗っているらしい。意味は分からん。
「まったく、訳の分からんことが多い世の中だ」
それからしばらくして、俺は紫炎を見かけた。あれからろくに話も出来なかったし、律姫ちゃんを待つ間、少し話すとするか。
「紫炎、昨日ぶりだな」
俺が声をかけると、紫炎はビクッと震えた。何だよ、そんなに驚くことはないだろうに……。
「お、おはようございます、紳司君」
いや、今、夜だし。つか緊張してるみたいだな。何で緊張しているんだ?てか緊張する要素は皆無だろ、今。
「こんばんは、だ、紫炎」
俺が指摘すると紫炎が「あうぅ」と妙な声を漏らした。可愛いな。まあ、しかし、どうしたことだろうか。
「いえ、すみませ……ごめん、あ、いや、いえ、もう敬語に戻したほうが……」
ああ、敬語に戻すか戻すまいかで悩んでいたのか。まあ、家に行くために敬語じゃなくしてたわけだけど。
「別に敬語じゃなくていいよ。そのほうが俺も気楽だからさ」
俺がそう言うと、紫炎はコクコクと頷いた。あれ、まだ緊張してるみたいだな。何なんだよ?
「何そんなに緊張してんだよ。普通に行こうぜ」
カクカクと動く紫炎。こりゃ大丈夫じゃないな。歩くのも右手と右足が一緒にでてやがる。なんてベタな。
「い、いくって……。その、そ、そそ、そういえば、」
紫炎の慌てっぷりが気色悪い。てか、調子が狂うな。
「てか、紫炎、あれ、タケルじゃないか?」
何か言おうとしていた紫炎に対して、そういう。事実、タケルが誰かを捜すかのようにキョロキョロしていた。
「あ、鍵、私が持ったままだった」
なるほど、鍵が開かないからロビーに紫炎を捜しに来ると同時に、見当たらなかったら受付に言って開けてもらうつもりだったのか。
「タケル」
俺はタケルに呼びかけると、俺と紫炎を見つけたタケルがとことこと近寄ってきた。相変わらずの幼女っぷりだ。それも全裸。パネェな、ロビーで全裸マントとは。
「おお、兄ちゃんと明津灘っちじゃねぇですか。何やってるんです?」
俺としてはお前が何をやっているんですかだよ、全裸マント。服着ろ。
「服着ろ全裸マント」
と俺が言うが紫炎はきょとんとしている。まあ、全裸マントに見えるのは俺だけらしいしな。
「おおげさですねぇ。大丈夫、全裸マントに見えているのは兄ちゃんだけですから!」
いや、見えてる見えてないの問題じゃないと思うんだが。まあ、幼女のちっぱいには興味ない……こともないが、まあ、いい。
「ああ、そうだ、紫炎、タケルが待ってるんだ、もう遅いしタケルと一緒に部屋に戻りな」
結局紫炎が緊張していた理由は分からなかったが、とりあえず、もう律姫ちゃんが来るころだろう。
俺は静かに旅館を出たのだった。