87話:奇襲SIDE.D
さぁて、と。そろそろいい頃かしら?あたしがはやてを友則だけではなく鷹月も一緒に押し付ける相手に入れたのには訳があったのよ。ずっと、感じてた。息を殺してあたし達を見張っていた気配を。
そう、その気配は――市原結衣のものだったわ。
流石に一度気取った気配を忘れたり、見失ったりはしないわよね。旅館を出てしばらくしたところから、一定の距離をとってついてきてたわ。
ソフトクリームは……、ひとまずいいわ。どこかで食べましょ。今は、市原結衣と戦いましょうか?
あたしが1人なってしばらくは、様子見のために、距離をさらに開いたみたいだけど、今は再接近してるしね。
ちょっと人気のない裏路地で、あたしは市原結衣に呼びかけることにしたわ。清
水寺前の坂道はとってもにぎわってるけど、そのせいで、ちょっと裏路地に入るとほとんど人がいないわね。
「ちょっと、結衣。出てきなさいよ」
あたしの呼びかけに、結衣がスッと姿を現す。へぇ、その影の薄さは本当に忍者みたいね。でも、強引な気配の消し方を感じて仕方ないわ。気配は消すのではなく偽らなくてはならない、と紳司が言ってたわ。
えっと元来、自然的に風なりなんなりが存在する以上、気配を消すだけだと、そこにポッカリ穴が開いたことになるのよ。それで逆に気取られるとか。だから、何もないように偽らなくてはいけないって話らしいわね。まあ、あたしは、ほぼ無意識にそれが出来てるらしいけど。
「いつから気づいていたんですか?」
結衣のその言葉に、あたしはどう答えるか、一瞬考えた。答えるかどうか、ではなく、どう答えるか、でね。
「いつから、ねぇ?しいて言うなら最初から。あんたが、あたしが楽盛館を出てから一定間隔でついて来てたときからかしら?」
あたしの言葉に、結衣は目を見開いていた。あれだけ間隔をあけてたのにバレるなんてって顔ね。いや、あの程度じゃ普通に分かるけど。
「あれだけ離れていても分かるなんて、やはり異常と言うべきね」
異常って、あんたも異常でしょ、《人工古具》なんてもの使ってんだから……。あら、一般人だから《人工古具》使ってんだったら、向こうは一般人じゃない?
「まっ、いっか。そんであたしが異常だろうとそうでなかろうと倒すんでしょ?てか異常の方が大歓迎でしょ?」
確か、強い奴を倒して《古具》使いじゃなくても当主になる実力があることを示すとかそんな目的だったわよね?
「ええ、その通り。私達は、強い《古具》使いを殺して、強さを証明するのよ」
へぇ、強さを証明ねぇ……。全く、よくもまあ、そんなくだらないことを考えるわよねぇ。
強さの証明なんてのは、そんなんどうでもいいと思うのよ?当主だかなんだか知らんけどなりたい奴がなればいい。でもね、昔の堅っ苦しい奴等が決めた決まりに縛られてるような馬鹿にはそれが分かんないのよ、それがどれだけくだらないかってこともね。
「ねぇ、あんたは、それで本当に強いって証明できると思ってんの?」
あたしは聞いてみる。そう、「強さ」なんてのは曖昧で不確定きわまりないものなのよ。少なくともあたしには証明のしようがないわ。
「出来るわ」
結衣は断言した。証明できるってことよね?
「その証明する強さってのは、どういう強さなのよ」
あたしはさらに尽き詰めた質問をするわ。追い詰めていくって言い換えても問題ない感じにね。
「どういうって、武の強さよ」
武の強さ、ねぇ……。全くもって呆れて溜息すらでないわよ。あたしは、あたしの思ってることを率直に結衣に言うわ。
「じゃあ、その武の強さってのはどういう強さかしら?どんな強い敵にも勝てる強さなのかしら?」
あたしの言葉に、結衣は全く物怖じなく、確固たる意思を持っているかのようにあたしに言う。
「ええ。最強であれば、当主になるにたる資格は充分ですもの」
結衣のその言葉に、あたしは頭が痛くなったの。いや、ねぇ、強けりゃいいってもんじゃないでしょうに。
「どんなに強い敵にも勝つって、どうやって勝つことを想定しているのよ」
そう、そこが問題なのよ。結果と過程。結果よければ全てよし、とする場合と、過程がダメなら全てがおしまいのどっちもありえる。
「そんなもの正面を切って」
正面切って真っ向勝負?ハッ、笑わせないで欲しいわね。
「《影に形はない》なんて《人工古具》使っておいて真っ向勝負とは笑わせてくれるわね」
あたしの指摘に、結衣はぐうの音もでないようで、口をつぐんだわ。まあ、そもそもからして矛盾しているのよ。
「戦いってのは常に一対一とは限らないわよ。それに、相手の体調が悪かった、相手が既に一戦して疲労していた、何てのは試合でもあることよね?そんな状態で、対等の相手に、正面を切って勝つことでしか最強になれないのなら、この世に最強の人間なんていないわよ」
そう、最強なんていないわ。最強に限りなく近い、ってのならいるのかも知れないけど、たった1人最強の人間を決めることは不可能よ、そのルールだったら。
「だ、だったら」
あ~、あたしってば結衣の考えが大体読めてきたかも。「お前は次に――と言う」みたいなことが出来そうなくらいに。
「だったらそのあらゆる状況であっても勝てばいいって?」
ズバリ、図星で何も言えなくなったんでしょうね。少しいらだった様子で、あたしのことを見ていたわ。
「無理よ。あらゆる状態ってのは例えば、あんたにRPGが分かるかどうかは分からないけど、HP1まで減って、MP切れ道具なしの状態で最強のラスボスに挑むような状態も含まれんのよ?」
確かに勝つのは無理とは言わないけどね。
「まあ、ずっと相手の攻撃が外れ続けて、通常攻撃で殴り続けて勝てるかもしれないけど、普通に考えてありえないわ」
ありえないなんてありえないって言葉もあるけどね?
「そういうわけだから、勝者なんてのは状況によって変わるのよ。総合的に最強なんてのは、本当に……本当に人握りの天才くらいにしかなれないんじゃないかしら?」
そんな人間はいないのかもしれないけど。……、いえ、グラムに聞いた【血塗れ太陽】って奴くらいなんじゃないかしら、そんな奴。
「だったら、本当の天才になればいいのよ」
あ~、物分りの悪い女ね……。まったく。
「あたしにも勝てないんじゃ、到底無理よ」
そう、とてもじゃないけど。だって、ねぇ、二対一であたしに負けてるんだし?それもあたし本気出さずに。
「勝つわ。どうやっても勝つ」
あ~あ、強情なことで……。でもねぇ、ちょっと見くびりすぎなのよねぇ……。あたしも本気を出しちゃうレベルよ?
「【零】の眼程度ならどうにか出来るように準備もしてるわよ」
結衣はそういうけれど、ぶっちゃけ、あれ以来【零】の眼とやらは開眼してないんだけどね?
「準備ねぇ」
その思い上がり、ぶっちゃけバッキバッキにして捻じ伏せたいわよねぇ……。
――ドクン
心臓が大きく跳ねた。何かしらこの感じ……。頭が急速に戦えと指示するみたいな、異常な感覚ね。まるで、あたしの中に別なあたしがいるみたいに冷静さが消えていくわ。
「その目……、【零】の眼、じゃない……?」
へぇ、今は、別の眼が開眼したのかしら?視界が蒼く澄んで見えるのよね。思わず唇の端がつりあがるわ。
「蒼色の眼……」
蒼色ねぇ……。心なしか、あたしの足元から蒼色の粒子が出ているように見えなくもないのよねぇ。
「行くわよ?」
あたしは、一歩踏み出す。その瞬間、足元に斬撃を生み出し、その反動で、飛び上がる上に速度を増させたわ。
「は、速いっ」
あたしの速度に驚いているようね。でも、まだもっと速くいけるんだけどね。軽く牽制してみるわ。
「ふふっ」
小さく指を振って斬撃を生み出すわ。その頃には、あたしはいつもの黒いオフショルダーのドレスになっている。
――スパン
軽く指を振っただけなのに、結構な大きさの斬撃が出たわね?別に他の手持ちの技を使うとかそういう技じゃないのよ?これ。
てか、斬撃が少し蒼みがかっているわね。目とか、粒子とか、そう言ったのの影響かしら?
「くっ!」
大きく回避行動をとる結衣。まあ、正解だったわね。甘くみて軽く避けてたら死んでたから。
「ありゃ、自分でも驚くくらいの出力が出たわね?」
自分自身でも驚いているくらいよ?まあ、何かしらの力が働いたんでしょう?
「チッ、相手が悪すぎたわね……」
まあ、そりゃ。誰に喧嘩売ってると思っているのかしら、天下のあたし様よ?
「絶対に倒す。だから覚えてなさいよ」
そう言い残して、全力疾走で消えたわ。追いかけようと思えばすぐに追えたけど、まあ、今は放置しておきましょう。てか、最初にあんだけの速度見せたのに、逃げようと思うとか割と無謀だと思うんだけど……。
さて、そろそろはやてたちを迎えに行くとしますかね。