85話:奇襲SIDE.KANA
班別自由行動、などと言うものは、基本的に班員と共に巡るものですよね。まあ、尤も、私のクラスにおいて、ただでさえ数人しかいないクラスメイトの中で、学会や研究の関係で休むものも多いので、ほとんど班として成り立たないことから、私は1人行動ですが。研究のために休むのは、大きな研究所の実験施設などは予約制で上手く行かなければ実験が延びてしまうから仕方ないでしょう。
そんな事情で、私は、1人、京都の街をぶらりと歩きます。特に行く当てもありませんが、学生らしい生活がしてみたいので。ちなみに、私は制服を着ています。私の私服は、少々変わっているので。
ラークリア帝国でよく着ていた私服は、こちらで言えば中世ヨーロッパの時期に来ていた服ですからね。デザインもシンプルとかそういう次元ではないので。
ラークリア帝国クラーツ領、そこが私がマリア・ルーンヘクサの所為で跳ばされた場所でした。《死古具》の《殲滅の斧》に開花したのも向こうでのことでした。
まあ、そんなことはほとんどどうでもいいんですが。レイジは元気でやっているでしょうか。団長……女神騎士はどうしているでしょうか。シュラードはまた夜通し1人で宴会をしているのでしょうか。セルム殿は私に勝つために未だに詰め将棋で鍛えているんでしょうか。リエルはやっぱり筋肉がつくから嫌だと鍛錬をサボっているんでしょうか。バッズは早く死んでください。ランドルは……筋肉のイメージしかないですね。海魔騎士は私の代わりに無双しているでしょうか。レンドラはまた変な料理をしているんでしょうか。シューラックのデッグクックは元気にやっているでしょうか、シューラックはどうでもいいですが。ィエラはいい加減名前が呼びにくいので改名してくれているでしょうか。バーズ殿は剣舞大会で優勝できたでしょうか。
かつての仲間達の記憶が一瞬にして頭の中をよぎります。騎士団長と私以外の11子騎士。そして、下級騎士のレイジ。みんなと過ごした日々が懐かしく感じます。
こちらで生を受け15年。向こうで過ごしたのが数年。こちらに戻ってきて2年。私は今、向こうの世界での記憶の方が色濃く、向こうが故郷のようにすら感じます。
「早く、戻らないと……。後、1年」
私は高校を卒業したら向こうに戻ることが出来ます。それがマリア・ルーンヘクサとの約束だから。向こうとこちらでは時間の流れが違います。だから、向こうで何年経っているんでしょうか。皆は待ってくれいているでしょうか。
そんな風にかつての世界を懐かしんでいるうちに、人気のない山道まで来てしまいました。はぁ……、今、どこにいるんでしょうか?
そう、溜息を漏らしたとき、体がゾクリと悦ぶ気配を感じました。殺気。弱いけれど、殺気。
かつて、向こうの戦場で常に肌が感じ取っていた殺気。いえ、向こうではそれだけではなかった。殺気、狂気、闘気、魔気、闇気、瘴気、あらゆる戦いの気配を感じていました。久々にそれを感じ取り、肌が、身体が、脳が、勝手に悦んでいます。
「ふふっ」
口から勝手に零れ出た笑み。戦いを欲する体と殺気を感じたがる肌が勝つことしか考えない脳へと切り替えます。
「そこにいる者、何者だ」
鋭い声をそこへ投げかける。返事はない。私は、殺気と闘気を解放します。普段は、戦闘時の1000分の1程度しか出ていないそれを100分の1まで解放しました。
「うっ」
山中の木々の間からそんな声が漏れ聞こえます。どうやら、やはりいたようですね。まあ、アレだけの殺気を放っておいていないわけがないんですが。
「【喚装】連星刀」
武器、防具召喚の言葉【喚装】。これを唱えた瞬間、その後に続くものを異空間から呼び出すことが出来ます。
そして、私が呼び出したものは連星刀。私の苗字と同じ名前の刀にして、神から与えられる最強の刀。単星剣、双星剣、連星剣、四星剣、五星剣、六星剣、連星刀、無星剣と8本ある連星剣の中の1つで唯一の刀です。
まあ、私が5段階ある上位変身も私専用の鎧も使用していないので、充分な手加減でしょう。
上位変身とは、自身の普段は封じている戦闘力場を解放するもので、
魂の解放とも言います。通常の上位変身は、1度だけですが、私のように、数段階の上位変身を可能にしている存在もいます。ただ、それは、通常の上位変身の分を5分割しているのではなく、5段階にしなくてはならないほどに強大な力場があり、一気に解放すると世界そのものが歪んでしまう恐れがあるからです。
ですから、1回だけの上位変身の人と5段階の私とでの限界値が5倍と言うわけでもなく、もっと大きな差があります。
「な、何者だ?」
あら、先にその問いをしたのはこっちなのですが……。こちらの質問に答えず自分の質問をする、何とも自分勝手な……。まあ、聞く耳持たないのは、戦場でよくあったことですけどね。
「先にそちらが名乗るのが筋では?」
私の言葉に、声の主が怯みます。いちいち声の殺気程度で怯んでいたら戦場で怒鳴られただけで萎縮して、殺されてしまいますよ?
「ぐっ……、市原裕太だ」
一瞬ためらったけれど、キチンと名乗りました。市原……、確か、青葉紳司たちが敵対している家でしたか?
「【女神騎士団】筆頭天龍騎士のナナホシ=カナです」
そして、こちらも名乗ります。天龍騎士とは、団長が女神騎士と呼ばれることからティアマトの産んだ11の子供に準え天龍騎士、七蛇騎士、蠍龍騎士、獅子騎士、狂犬騎士、魔嵐騎士、海魔騎士、蠍人騎士、翼牛騎士、毒蛇騎士、魚人騎士と名づけられています。
ちなみに筆頭騎士と言うのは、11子騎士の中で最初に名前を挙げられるというだけで、強さはあまり関係ないんですよ?まあ、あの中では、私が一番強いのは事実なんですが。
「七星佳奈……?」
まあ、ただの日本人の名前ですからね。出身は、日本の神奈川県のとある町ですし。所詮はただの人間の様なものですよ。
「七の数字を持つ者か……」
七の数字?確かに、私の苗字には七が入っていますが?
「夜鬼の七夜、天従の七天、仏宝の七宝や七種、そして、七連星の七星。いずれも、日本の旧家に名を連ねた一族。それも我が市原家にも並ぶほどのな」
何です、それ?初耳ですが?そもそも、私の家は、極一般的な家庭であって、そんな訳の分からないものとは別だと思うのですが。
「それが何だというのですか?」
念のために、関係ないとは思いますが、関係ある体で話を進めることにしました。言っていることはよく分かりませんが、向こうにもそういう人はたくさんいたので。
「アンタを倒せば、俺が強いって証明できるってことだ!」
なるほど、強さの証明のために一騎打ちを申し込みますか。そういうノリは懐かしいですね……。向こうでは騎士と言う立場上、そう言ったことはよくありましたからね。
「ええ、私を倒せば、おそらく、この世界では相当の強さを持っていることになるでしょうね」
そうこの世界では。全ての世界を総合すれば、もっと強い者もいる、とマリア・ルーンヘクサは口にしていましたし。
「だったら勝つ、それだけだ!」
潔いですね。それに免じてチャンスを与うとしますか。私は笑いながらいいます。
「一撃を……。本気の一撃を私に打ち込んでみなさい」
嘲笑……のようにわざと笑います。挑発ですよ、挑発。戦場では、こんな安い挑発に乗ってくる奴はいないのですが、所詮は一般人に毛が生えた程度でしょう?
「後悔するなよっ!」
ほぉら、挑発に乗ってきました。さて、どの程度の物でしょうかね?
「《五行は我が手に》!」
ほぉ、魔法系統の力でしょうか?何かを形成しているようですね?火ではないですね。これは……、水。
「行っけぇえええええ!」
巨大な水の塊が飛んできます。この程度なら、手を使う必要がありませんね……、はぁ……。
「【喚装】新月」
【聖鎧・新月】。それは、見えずの鎧。神より与えられた、私専用の鎧です。
巨大な水の塊がこちらに向かってきて、私に襲い掛かって……
「よしっ!甘く見てるから……」
私は濡れてもいないんですよね。
「なにがよしっ、なんですか?」
そう、水は、私が身につけた見えない鎧……【聖鎧・新月】が弾き飛ばして私には一切のダメージや被害がありません。耐熱耐水耐電などの性能は万全ですから……。
「なっ、何で?」
私はもちろん種明かしなどするつもりは毛頭ありません。さて、と今度はこっちの万でしょうかね?
「ですが、中々にいい攻撃でした。それに免じて、こちらも少々本気で行きましょう。大丈夫、殺しはしませんから」
そうして、私は唱えます。
「上位変身」
ゴゥッと周囲の土が石が草が、とにかく何もかも吹き飛びます。これでもたったの1回の上位変身で、それも抑え気味なんですがね。
「な、何だ、この気配はっ?!」
驚いているようですね。そして、連星刀を峰で構えます。あくまで峰打ち。まあ、運が悪ければ死にますけど。
「では、行きます。抜刀……一閃」
掛け声はあまり得意ではありませんが、準備をさせてあげないと死んでしまうかも知れませんし……。
本来、戦場では、「行くぞ」などと声をかけずに切りかかりますからね。ぶっちゃけ敵に攻撃するのに、わざわざ今から攻撃するなんてアピールするなんて馬鹿じゃないですか?
「ぐっ」
――ザンッ
一瞬、そんな音が響いたと思った瞬間、周囲を爆発的に切り裂きます。
一房、金色に染まってしまった髪をなでながら、その惨状と相手の生死を確認します。おそらく、瞳も青みがかっているでしょうね。
それが、私の上位変身。完全解放状態……5段階の上位変身を発動した場合、私は、金髪碧眼に変わります。本当に、ですよ。
さて、どうにかして、旅館の方へ行かないと、本格的に迷子になりそうですね……。
はぁ、本当に、私は、人生迷ってばかりですね……。まあ、あの日、道に迷ってなければ、マリア・ルーンヘクサの罠に引っかかって、向こうの世界に行ってしまうこともなかったんですけどね?
あ~、疲れた……と言いたいところですけど、疲れは全くないんですよね。騎士として鍛えてきましたから……。




