81話:2日目SIDE.GOD
時刻は早朝4時。昨日の夜は何だかんだで、いろいろあった。それを振り返ると、こんな感じである。
紫炎によって部屋につれてこられた俺は、1つの布団に枕が2つ置いてあると言う謎の光景に眉根を寄せながら、布団の上に座った。すると、紫炎もなぜか布団の上に座る。
……、紫炎はいつまでこの部屋にいるんだろうか?俺は、【神刀・桜砕】を枕元に置いて、スマートフォン何かをその近くに置いておく。充電できていないのが心残りだが、まあ、何とか持つだろう。いざとなれば、誰かからポータブルバッテリーでも貸してもらおう。
そうして、布団にもぐりこむ。紫炎ももぐりこむ。……?
「なあ、紫炎。何をしているんだ?」
俺は思わず紫炎に尋ねた。すると紫炎は、俺の脚に脚を絡めるようにして、俺にピッタリとくっついた。
「夜伽です」
夜伽、と言われて、まず頭をよぎったのが、前世の友人、ナオト・カガヤが打った刀【神刀・夜伽】だった。彼は、自分の作品に朝昼夜などの時間を表す言葉を付ける傾向があった。【妖刀・朝紅】と【妖刀・夕紅】、【神刀・夜伽】。そして、全てを捧げて打った、最期の刀……その名はおそらく、【魔刀・昏椿】。
まあ、それは一旦横へ置いておこう。そう、紫炎の言うこの場合の夜伽とは、病人などを徹夜で看病することでも通夜でもない。男女が交わることだ。厳密に言うと、女性が男性に従って共に寝ることなんだが。
「……あのな、冗談はそのくらいにしとけよ?」
俺は肩をすくめてそう言った。無論、布団の中なので、あまり大げさな動作ではないが……。
「冗談じゃありませ……冗談じゃないよ」
敬語じゃなく普通に喋る、と言っていたので慌てて言い直した。別に誰もいないんだから敬語でも構わなかったんじゃないのか?
「明津灘家の人間の《陰》になるというのはそういうことなんだよ。ゴメンね、黙ってて」
なるほど、家の人間になるだのどうだのってのはそういう意味だったのか。て、まあ、紫炎と結婚するのは悪くないだろうが、今はまだ考えられないな。
「そういうことになるのか……。まあ、結婚も悪くないな。だが、今はまだ、片付けないといけないことが山ほどあるんだ。悪いな、今は結婚できない、と言うことにしておこう。まあ、年をいいわけにすれば20歳くらいまでは、いい逃れられるだろうしな」
流石に未成年に結婚は強制できないだろう。と言うわけで、俺は、何だかんだで、紫炎を抱き枕にして寝た。
と、言うことがあっての早朝4時だ。俺と紫炎は、何故か全裸で抱き合っていた。訳が分からんなっ!
「おはようございます。失礼いたしますね」
そう言って、戸を開けて、女中さん……お手伝いさんが入ってきた。……え、それは、やばくない?
「あら、……。失礼しました。えと……、お着替えが終わりましたら、改めてお呼びください」
戸が閉まった。…………え、ちょっと待って。ちょっと待て!女中さーん!誤解、超誤解!
俺は慌てて女中さんを引きとめようと立ち上がる。
――ゴン、カクン
立ち上がった瞬間、寝相の悪い紫炎の蹴りが膝の裏に当たり、俺が意識するより早く倒れこむ。そして、そのまま、枕元においていた【神刀・桜砕】に顔面をぶつけた。
流石は武人の蹴り。割りと痛い上に、見事に膝裏に当たって膝カックン状態になってしまった。
「痛ぇ……」
つーっと鼻血が垂れてきたっぽい。しかも結構な量なんだが……。あぁー、シーツに垂れちまったし。
「おい、紫炎。起きろって!」
俺は鼻を押さえて、鼻血を止めながら、紫炎を起こす。しかし、中々起きない。ああ、もう、とっとと起きて旅館に戻らないといけないのに、こいつは。
「紫炎、起きろって!」
体を揺する。胸も揺れる。おい、鼻血が悪化したらどうしてくれる!
「おい、おっぱ……、紫炎起きろ!」
「今、人のことおっぱいって呼びませんでした?!」
バッと飛び起きる紫炎。いや、思わず目に付いたせいでおっぱいって呼びそうになった。いや、だって、おっぱいなんだもん。てか、敬語になってるぞ紫炎。
「てか、何で私達、裸なんです?」
俺も知らん。てか、いい加減に服着るか……。鼻血も止まったしな。
「なあ、お……紫炎」
「いま、またおっぱいって呼ぼうとしませんでしたか?……したよね?それで、何かな?」
お、敬語になっていることに気づいて普通口調に戻したぞ。いや、だから、おっぱいが目に付くんだって。
「いや、そろそろ旅館に戻らないとヤバイぞ」
俺の言葉に、紫炎が時間を確認した。そして、急に慌てだす。そらもうとっても慌ててた。だから、こんなことになるのだ。
「と、とと、とりあえず、行こう」
どこへだよ!とツッコむ間もなく、紫炎は戸を開けた。そこを通りかかる豪児氏。……、非常に気まずい。
こちらを一瞥して、シーツの血痕を確認すると、ほぼ無言でスタスタと去っていった。あれ、これ、もしかしなくても誤解されてるよね?
スーッと戸を閉めた紫炎は、とぼとぼと戻ってきて、床に脱ぎ捨てられた服に袖を通しだした。居た堪れない。非常に居た堪れない。
俺も着替えだす。
約10分ほどで着替え終わった。そして、俺と紫炎は、旅館へ向かうために、車を回してもらうことにした。
「あ、あの……」
着替えて【神刀・桜砕】を持った俺は、女中さんに声をかけた。
「あ、着替え終わりました?」
女中さんがそう言って、部屋の片づけを始めようとする。しかし、俺はそれを慌てて止めて言う。
「あの、車で送っていただきたいんですけど頼めます?」
俺が言うと、車を手配しに行ってくれた。そこに再び豪児氏が通りかかった。そして、俺は、豪児氏に声をかける。
「泊めていただきありがとうございました」
俺がそう言うと、豪児氏は笑顔で怒気を放った。
「いやいや、何のことはない。お前もこの家の一員になったのだから。その刀もお前に預けておこう」
笑顔が怖かった。絶対に結婚するんだよな、と言う威圧が怖かった。とてもじゃないが、まだ結婚は……とは言い出せなかった。
「あ、ありがとうございます」
とりあえず【神刀・桜砕】は、俺が預かることになったのでそれはよかっただろう。
「え、でも紳司君。それ、持って帰っても、どう説明するの?」
まあ、刀なんてどうしたんだ、って話になるかもしれないが、それについては簡単に誤魔化せる。
「大丈夫だ。修学旅行で、調子に乗って木刀を買うノリと一緒だ。京都なら和、だから刀!ってイメージで『ああ、あいつ買っちゃったんだ』と言う目で見られるだけだ」
まあ、見られるのは俺じゃないんだが。そんな話はどうでもよくて、準備が出来しだい、旅館へ向かおう。
準備が出来たので、俺と紫炎は車に乗って「楽盛館」に向かう。行きと同じように帰りも40分ほどだ。しかし、行きのときは多少車が通っていたが、帰りはそこまで多くなかったので正確には35分くらいだった。4時25分に明津灘家を出たので、ついたのは5時くらいだった。
「楽盛館」につくと、なるべく息を潜めながらロビーに入った。そして、見回りをしているであろう秋世を探す。
何故秋世を探しているか、と言うと、秋世がいないと部屋に入れないからだ。流石に、この時間はどの部屋もオートロックでしまっている上に、中にいる人も寝ているはずだ。
だからこそ秋世の《銀朱の時》で瞬間移動して室内に入らなくてはならないのだ。しかし、秋世に会う前に他の教師にあったらゲームオーバーだ。
そして、しばらく息を潜めて、秋世を見つけた。少し酔っているようだ。何で酔ってんだよ、仕事しろ教師。
「秋世」
俺はこっそりと秋世に声をかけた。酔っているせいか、頬が少し赤い秋世が寄ってきた。うっ、酒臭い。
「あ、紳司君。何で室外にいるのよ」
秋世が不満そうにするが、仕事サボって酒飲んでいる奴に言われたくはないっつーの。
「ちょっとお前の力で、俺と紫炎、それぞれの部屋に送ってくれ。入れなくなった」
秋世が、欠伸をした瞬間、俺と紫炎の体が銀朱の光に包まれて……
ぷに……。気がつけば、俺の手は、目の前の少女の胸を揉みしだいていた。えー、言うまでもなく、その少女は静巴だった。俺と同室の花月静巴だったのだ。
「オゥ……」
思わずそんな声を漏らしてしまった。どうすりゃいいんだ、この状況は。
「んっ……んぅー」
静巴がパチリと目を開けた。そして、暫し、何度かまばたきを繰り返して……、頬を真っ赤に染めた。一瞬で染め上がった。
「あー、その……」
俺が何か言おうとした瞬間、ビンタが飛んできた。
――バチン
乾いた音が室内に響いた。【神刀・桜砕】が、呆れた声でこう言った。
『昔から変わらず、信司様は尻にしかれているんですね』