78話:過去の片鱗SIDE.GOD
俺は、取り出された刀を見て、ごくりと息を呑んだ。あの刀を……俺は、六花信司は知っている。紛うことなき、あの鞘とあの柄、あの鍔は……。
「この銘も知らぬ刀、お前に抜けるか?」
豪児氏のその言葉。いや、俺は、この刀の銘を知っている。忘れるはずもない。俺が……六花信司が七峰静葉のために打った刀。それがこの刀なのだから。
かつて、あの頃のことだ。俺、六花信司は、友人で剣王と謳われた八塚英司と、開かれた剣帝大会にて優勝した最強の女剣士である七峰静葉とともに日々を過ごしていた。
「ねぇ、信司。結婚しない?」
静葉が唐突にそんなことを言い出して、俺は思わず吹き出したのだ。当時、その時点で英司と静葉は既に婚約して、子供を儲けていた。名前は静だ。なぜか英司が静葉の家に婿入りしたので、七峰静と言う名前の子供である。
「お前、結婚してるだろ」
俺がそう言うと、静葉は、頬を膨らませるのだった。全く、剣王と婚約して何が不満なんだか。
「結婚してるけど、ねぇ……。それに別に犯罪じゃないんだし」
確かに犯罪ではない。この国では、重婚に対しては別に法律に反さないのだ。だが、しかし、倫理的に言ってどうなのだろうか。てか、普通は女が嫌がるものなんだと思うが……。
「英司はいいのかよ」
俺の言葉に英司は苦笑した。
「静葉がいいならいいと思ってる。別にお前のことは嫌いじゃないしな」
そんな風に言う。大丈夫か、コイツ?静葉の尻にしかれすぎだろ……。ま、英司がいいならいいか、と思っている俺がいる時点で人のことは言えんが、俺は英司の尻にしかれているわけではない。
「分かった。お前らがいいなら、結婚しよう」
気がつけば俺はそう言っていた。
そして、その1年後に、俺と静葉の間には1人の子が生まれていたのだ。名前を六花紳。男の子だった。
「は?刀?」
子供が出来てしばらくして、静葉は俺に言ったのだ。
「だから、刀よ、刀。造れるんでしょ?」
そりゃまあ、造れるが……。しかし、何でまた刀なんだ?静葉の主な武装は剣である。連星剣を基本的な武器として戦闘していた。
「いや、連星剣は静にあげることにしてね。それで新しい武器、刀が欲しくなったのよ」
連星剣をあげるのか?!
単星剣、双星剣、連星剣……合計で8つある連星刀剣は、星々の神が与えた神聖なものだ、と言う話なのに、あっさり娘にあげるってのが流石だ。
「まあ、別に刀が出来ないわけじゃないが、連星剣みたく人の造った領域を超えてる刀じゃないぜ?
てか、そんなん造れんぞ。……いや、ナオトなら造っちまうかも知れないけどな」
ナオト・カガヤ。俺と同期の刀鍛冶で、そいつの打った刀は惚れ惚れするくらいに凄い。まあ、本人があまり目立ちたがりじゃないから名匠に名を連ねていないが、まあ、死後は絶対に名匠になっているはずだ。
「別にそこまで期待してないわよ。でも使うのに見劣りしないので頼むわよ」
無茶な注文を……。まあ、最近仕入れたアレを使ってみるいい機会か。仕方ない、がんばっていっちょ造ってやりますか。
「分かったよ」
とそんな経緯で造られたのが、今、俺の目の前にある刀だ。薄茶の柄と金色の鍔、黒塗りの鞘が特徴の、それだけではとてもじゃないが静葉には見劣る刀だ。
「どうした、抜けんのか?」
いつまで経っても抜こうともしない俺に豪児氏がそう言った。違う、抜けないのではない。懐かしんでいたのだ。
「いや、抜ける」
そう言いながら、俺は、そっと刀を鞘から抜き出す。
――その刀身は薄紅に輝いていた。
そう、その刀の銘を【神刀・桜砕】と言う。
桜結晶とも言われる夜桜銀を砕いて造られた俺の傑作である。
「まさかっ」
豪児氏が驚嘆の声を漏らした。俺が抜いたことが信じられないのだろう。しかし、俺には抜ける。この刀を抜けるのは、俺と静葉とその子孫だけなのだから。
いや、正確には六花信司と七峰静葉とその子孫……蒼紅やレファリスの家の人間くらいだろうな。
「【神刀・桜砕】。俺の刀さ」
俺の刀、俺はそう言った。確かに、俺の刀である。俺の造った刀である。そして、静葉の刀である。
「お前の、刀、だと?」
豪児氏がそんな風に訝しげに聞いてきた。確かに、持ち主から直に渡されたものを、突然やってきた奴が「俺のだ」と言い出したら、そりゃおかしいと思うよな。
『ええ、ずっと待っていました。信司様』
どこからともなく、そう聞こえた。それは、俺の手に握られた【神刀・桜砕】の声だ。
「刀が、喋った……!」
紫炎も驚きを隠せないようだ。元々、この刀にそんな喋る機能など搭載させていない。しかし、この刀は喋る。
『私は、子々孫々、脈々と受け継がれていくなか、再び、貴方と、そして、静葉様との再会を夢見、このときまで着々と魔力を温存しておりました』
なるほど、集いに集った魔力が人格を与えたのか。刀鍛冶の中では、そう言った刀を意図的に造る者もいたからな。
「子々孫々、だと?馬鹿な、生まれて15かそこらの子供に、子すらいないだろうに」
豪児氏のその言葉は、確かにそうだろう。一般人では、とてもじゃないが子々孫々伝わりはしない。だが、俺の場合は前世がある。
『剣帝の一族。蒼刃、七峰……。その血を多く継ぐ子孫へと私は受け継がれ、そして、今、再び貴方の元へと帰ってまいりました。あの、最後の約束を果たすためには、私が必要ですよね。六花信司様』
最後の約束、それは、静葉と交わした、あの約束のことだろう。だから、俺は、【神刀・桜砕】を鞘へと収める。
『剣兎、深黎、深兎、深子、魔兎、深魔、深紅、ミララ、龍麻、瑠菜。様々な者が私を持ってきましたが、やはり造り手の貴方の手にあるとしっくりきますね』
それらの名前は、きっと、俺の……六花信司と七峰静葉の子孫の名前なのだろう。
『蒼き力の一族に生まれ変わったのですね。しかし何と言う偶然なのでしょうか。静様の嫁ぎ先の一族と同じ一族とは』
偶然……、それは違う。俺と……六花信司と七峰静葉は約束をしたのだ。
「偶然なんかじゃないさ。俺は『剣』を、静葉は『創』を。それぞれにないものを、生まれ変わったら掴み取ろうと約束したのさ」
いや、本当は、もっと色々と約束していた。しかし、この約束は、確かに果たされている。俺が青葉の家に、静葉が静巴として花月の家に生まれたのだとしたら……。
剣帝と謳われる青葉の一族に生まれ変わった俺。
機械開発の大手である花月の家に生まれ変わった静葉。
約束は果たされている。ただ、それは静巴と静葉がイコールで有る場合だけだ。もし、ただ名前が同じだけの別人なら、何ら約束は果たされていないことになる。
『蒼刃のように運命に雁字搦めにされている一族も珍しいですからね』
【神刀・桜砕】はそう言った。
「そういえば、連星剣ってどうなったんだ?」
静に渡したことまでは知っているが、それ以後どうなっているかは、俺は聞いていなかったのだ。
『連星剣は今も静様が持っておられるかと』
は?今も静が持っているってどういうことだ?静は、もう、かなり前の人間だろ?生きてるはずが……。
『静様は不可侵神域で夫の蒼刃蒼司様と暮らして、旅行に行くこともあったらしいですが、今も不可侵神域にいて、半天使化しているために年齢は重ねていませんね』
て、天使化?もはや人じゃねぇな……。まあ、実際には、ほとんど面識がないからどうなっていてもおかしくはないんだが。
「おっと、そうだった。これで、俺は紫炎の《陰》となれた、ということでいいんでしょうか?」
肩をすくめながら、俺は豪児氏に問いかける。すると、豪児氏はこくりと頷いた。少し唖然としているように見えたが、しかたがないことか。俺がいともたやすく刀を抜いて、しかもその刀が喋ったのだから。
「ああ、認めよう。お前は、紫炎の《陰》だ。しかし、まだ、試練は終わっていない。我が子……、紫炎の兄を倒して、それで試練は終わりだ。
無論、お前が、それを抜いたことで既に、戦いの結果に関わらずお前が《陰》となることは認めている。ただ、この家の人間となる者は、あやつに勝つ実力があってこそ、と決められている。倒し方、試合のルールは自由だがな。例えば、そこの木硫は、木硫に有利なルールだから勝ったが、それだけで認められている。つまり、あやつが手を抜いたのだ。半でを与えた、とも言うがな」
この家の人間になるって、まあ、《陰》ってのは、この明津灘の流派に入るということになるのかもしれんから、そういうことなのか?
「分かった。俺は全力で戦って、紫炎の兄貴を倒せばいいってことだな」
【神刀・桜砕】をそっと携える。まあ、この刀を使う気はないがな。
「では、案内しよう。最後の試練の部屋に」
最後の試練ってことは、本来は他にもいくつかあったってことか?
え~、テストやら何やらで数日間空けてしまいました。ですが、これで今年中にやらなくてはならない柵的何かは一掃したので、きっともう大丈夫……のはず
※タイトルに「SIDE.GOD」を付け忘れたので修正しました。