76話:紫炎の家SIDE.GOD
俺は、804号室のベッドでゴロンと寝転がっていた。タケルが出ていってから早20分となる。そろそろ紫炎が帰ってきてもいい頃だと思うのだが。飲み物を買うだけでどれだけかかっているのだろうか。まあ、俺も人のことを言えないくらい時間がかかったんだがな。
ま、そのことは置いておいても遅いだろう。20分、いや、タケルと話す前に買いに言っているから30分になるのか。それほどの時間をかけて飲み物を買いに行っているというのはおかしいと思うんだが。
――ピンポーン、ガチャガチャ
チャイムとノブをガチャガチャと回す音。どうやら、誰かが来たらしい。まあ、この態度から紫炎だろう。流石に他人の部屋のドアノブをガチャガチャしないだろう。俺はポリポリと頭を掻きながらドアへ向かう。
そして、ドアを開けると、そこに紫炎が飲み物を抱えて立っていた。3本ほどペットボトルを抱えていたのだが、俺がドアを開けて出てきたことで驚いて、ペットボトルをボトボトと落とした。割りと廊下に音が響く。
「な、何で青葉君が……?」
しかし、ボトルを落としたことを気にも留めていない紫炎は、ポカンと口を開けて、そんな風に呟いた。何でって言われてもなぁ……。
「そりゃ、修学旅行の初日に紫炎と一緒に、紫炎の実家に行くって話だったし。集合時間とかも決めてなかったからな」
それに部屋には居辛いし、と心の中で付け足した。まあ、部屋にいると静巴と気まずいからな。
「えっと空美さんは?」
空美さんとは先ほどまでこの部屋にいた全裸マント痴少女こと空美タケルのことだろう。紫炎には女子高生に見えていたに違いないが。
「ああ、タケルなら留守にするから明津灘っちによろしくって言ってたぞ」
俺がそう言うと、紫炎は、少し意外そうに目を見開いた。何だ、何かおかしなことを言ったか?
「意外ですね。青葉君なら、空美さんの様な人を呼び捨てるとは思っていなかったんですけど」
残念ながら、あんな性格の少女に対しては余裕で呼び捨てだ。まあ、そうは見えてないから仕方ないんだろうが。
「ま、とりあえず中で話すか」
俺は、紫炎が落としたペットボトルを拾って、紫炎を中に入るように促した。この部屋、紫炎の部屋なんだけどな。
「は、はぁ。とりあえずはそうですね。あ、ペットボトル、拾ってくれてありがとうございます」
そんな風に会話しながら部屋の中に入る。俺は、再び、先ほどまで寝転がっていたベッドに腰をかけた。俺の様子に紫炎が「えっ」と声を漏らした。
そういえば、もう一方がタケルのベッドだとしたら、このベッドは紫炎の使うベッドか。勝手にベッド使って機嫌を損ねたか?
「ベッドに勝手に座っちまったけどだめだったか?」
俺がそう聞くと、紫炎はぶんぶんと勢いよく首を横に振った。どうやらダメではなかったらしい。
「いえ、ベッドに座るのは構いませんよ」
と、そんな風に言ってから、紫炎は暫し黙りこくった。何かに気づいたようだったが、一体どうしたというんだろうか。
「あ、あの?青葉君。1つ、これから私の実家へ来るに当たって、大変失礼ですが、お願いがあります」
ほぉう、お願いとな?まあ、全然構わないんだけどさ。よっぽど酷いものなら考えるが、そこまで酷いお願いをしてくるわけがないのだ。
「何だ?」
俺は相づちとして、そう言葉を返した。無論、優しい声音で、だ。厳しい声音で言うと怒っていると思われるからな。
「えっと、まず、明津灘本家内に置いて、私のことはいつものように紫炎と呼び捨ててしまってください。そこは状況に応じて変えていただきますが、少なくとも私と話すときはいつもと同じお願いします。
あと、私も青葉君のことは、その、し、紳司君と呼ばせてもらいます。あ、敬語もなしで行きま……行くよ」
敬語をやめたということで、一回敬語で言いそうになったのを言いなおしたのだろう。まあ、俺は別に構わん。
まあ、武道の家と言うこともあって、敬語を遣うよりも武で語り尊敬しあえみたいなことだろうか?まあ、目上なら、また、話も変わってくるだろうが、同い年で敬語はなしみたいなことなんじゃないか?
「ああ、全然構わん。それよりも紫炎。いつ出る?俺は出ようと思えばいつでも行けるが?」
俺は現在、部屋で着ていた私服だが、充分に移動しやすいし、特に人目に見て変な服ではないはずだ。初夏と言えど、夜はまだ薄寒いから長袖の上着を着ているが、気に留められるようなことはないはずだ。
「ええ、私も準備は出来てま……出来てるから」
中々敬語癖が抜けないようだ。まあ、ずっと敬語で話していたから仕方のないことか。
そんなことを考えていたとき、俺は、強い気配を纏った何かが近づいてくるのを察知した。
「紫炎。もしかして、迎えか?」
気がつけば、紫炎の瞳も翠色に輝いていた。《本能の覚醒》が発動して、精神が研ぎ澄まされた状態になったのだ。
「ええ……、いえ、うん、そう迎えだよ。たぶん門下筆頭の明津灘木硫さん、だね」
明津灘ってことは、紫炎の兄とかかなんか?そう思っていると、紫炎が補足説明してくれる。
「私の姉である明津灘偉鶴と婚約した、私の父と兄を除けばウチで最強の武人です」
最強、ね。まあ、確かに凄い、が七星佳奈や姉さんより断然格下だ。俺はそう思い、すっと精神を研ぎ澄ませる。その瞬間、気配が揺らいだのを捉えた。
――来るっ!
そう思った瞬間、俺は、紫炎を抱き寄せてベッドにダイブするように横に跳んだ。その瞬間、先ほどまでいた位置に見えない何かが生まれる。何かが振り下ろされるように衝撃が走った。
「遠隔攻撃かっ」
遠隔攻撃。遠くからの攻撃だ。おそらく、遠くで自分の振った剣か何かの攻撃を指定した場所に飛ばす能力。
「紫炎、迎えじゃないのかよっ!」
俺の怒声に、紫炎は、言いづらそうに唇をかみ締めた。どうやら訳ありらしいな。てか、結構警戒されているこの旅館内で《古具》を使ったら色々とまずいだろうに。
「チッ、《神々の宝具》ッ!」
この状況をどうにかするための力がいる。だから、俺は念じた。そして、頭に浮かんだ能力を発動した。
「《神王の雷霆》」
バチバチッと放電して電気を散らす雷。それは俺の右手を起点に俺の全身を包んでいた。これが《神王の雷霆》。ギリシア神話の主神ゼウスが持っていたとされるケラウノスの能力の1つ。
「Zeus. Keraunos」。直訳で「神の王ゼウスの雷霆」である。ずっとインド系列の神話からとっていたのに、突如ギリシア神話である。
ギリシア神話の主神ゼウス。その力を宿した小さな槍。槍と言うより尖った石、みたいな形状だ。
「雷によるカウンターアタック、攻撃の軽減。そして、天罰」
そう、この「天罰」と言う力こそ、俺が今この力を使うことになった理由だろう。攻撃を受けたと同時に、体表面に纏った雷が周囲に爆散して攻撃するのがカウンターアタック。それとともに、もし敵が遠距離にいた場合に、そこに的確に雷撃を送り込むのが「天罰」である。
つまり、次に遠隔攻撃が来た、その瞬間に、攻撃してきた人物は、雷を食らうことになるのだ。
「来るっ」
再びの攻撃。先ほどよりも勢いの強い攻撃が飛んできた。俺は、紫炎を突き放して、攻撃を態と受ける。
――バンッ!バチバチッ
乾いた空気を叩く音と放電の音が響く。俺は、ほぼノーダメージだった。そして、部屋の外で、おそらく攻撃してきた明津灘木硫と言う人物は倒れていることだろう。
「さて、この程度で、おそらく力試しは終わりってとこだろうか?」
俺は、《古具》をしまう。
ドアを開けるとそこに20歳くらいの男が倒れていた。明津灘木硫と言う人物なのだろう。明津灘木硫の横には、刀が転がっていた。
俺はその刀を手にとってみる。脆い刀だな。量産型の安物だ。……なんでそんなことが分かるか、と言うと、六花信司が鍛冶師だったからだ。どこと流れ込んでくる情報で、その刀が如何な出来かが分かってしまうのだ。
そういえば、白の部屋の予言では「第五に、古の武道の娘の家にて己が過去の片鱗を見よ」とあった。
己が過去、つまり六花信司のことが何か関わってくるのではないか、と思うのだ。
己が過去、これが亜月について、と言うことも考えたが、どうにも違う。亜月は市原の関係者だし、明津灘に関係は薄いだろう。そして、過去……、即ち前世。
俺の前世が関わってくるのではないか、と言う結論に至った。では、前世とは一体……。そして、知らないはずの人物で、なのになぜか俺が知っている六花信司と言う人物。それが俺の前世に他ならないのではないだろうか。
そんなことを考えながら、明津灘木硫を紫炎の部屋に運び込み、目が覚めるのを待った。
そして、それから10分ほどして、明津灘木硫は目を覚ましたのだった。