75話:紫炎の部屋SIDE.GOD
俺は、姉さんとの電話の所為で静巴との雰囲気が有耶無耶になってしまい、その後、姉さんの部屋にシャンプーを届けに行くなど、静巴との間に気まずい空気が流れる中、静巴を部屋に置いて、804号室を訪れていた。
804号室。そこは紫炎の部屋である。正確には、紫炎とクラスメイトの誰かの部屋なんだが……。とりあえずノックをしてみよう。どっちが出るかは分からんが。
「はい、どちら様ですか?」
その声は驚くほど無警戒だった。まあ、教師や友だちも来るのだろうからそこまで警戒するものではないってことなんだろうが。
しかし、声的に紫炎ではないな。もう1人のルームメイトか?そんなことを考えていると、がちゃりとドアが開いた。
俺、まだ、どちら様と言う質問に答えていないんだが……。まあ、いいか。そして、そのドアから出てきたのは、全裸にマントの謎の女性だった。
「あぁ。えと?」
……、気まずい空気。何故、この子は全裸マントでドアを開けたのだろうか。いい乳だ。顔立ちも整っている。それだけに、溢れんばかりの残念臭。
「ああ、どうも。804号室の空美タケルです」
自分が全裸にマントであることを気にも留めず自己紹介をしてきた。なんだこの女は?!てか、こんな奴、前に紫炎の教室を覗いたときにいたっけか?
「立ち話もなんですんで、どうぞ中に」
全裸マントに部屋の中へ入ることを勧められた。てか、何なんだ、コイツ。羞恥心ゼロなのか?
「ああ、まあ、あがらせてもらうが。時に、空美タケルとやら。何故にお前は全裸でマントをつけている?」
俺の言葉に、目を丸くしたタケル。そして、暫し、回答を捜すように視線を宙へとさ迷わせて、結論に至ったように言う。
「このマントは肌に直接ついてるんじゃなくて、【力場】で固定しているんですよ?」
力場で固定などと訳の分からんことを言い出したタケル。てか、本当に、コイツは何者だ?そして、どうやってマントをつけているのかではなく、何故マントをつけているのかを聞いているのだ。
「しかし、全裸って?」
タケルが自身の体を見た。どう見ても全裸+マントの怪しい変態だ。少なくとも男がやったら即逮捕だ。
「ああ、なるほど!『マントがあるから全裸じゃないよ!』って言うコンセプトだから」
結局全裸マントじゃないですかヤダー。てか、背中しか隠れてないし。何なんだよ、この子。マジ高校生にしては性に対しておおらか過ぎだろ!
「まぁ、最高責任者のマナカっち捜しに来たついでに高校生生活を満喫中ってやつですよ」
そんな彼女の姿が一瞬少女に見えた様な……。ロリコンがいきすぎると道行く女性の幼女時代が見えるってやつ、本当だったのか。
「しかし、面白い兄ちゃんですね」
そんな風に、振り向いたタケルは完全に少女だった。奇抜な緑色の髪をトリプルテールにして、その尾の先が背中で一箇所にまとまっている妙な髪形。
相変わらずの全裸にマント姿。しかし、その左手には、星と月があしらわれた短剣が握られていた。
まるで、「夜の魔法少女」だ、えっちな意味で。しかし、魔法少女って……。俺は試しに聞いてみた。
「なあ、魔法少女っぽい空美タケルとやら」
俺の言葉に、「ふぉえ」と、奇怪な声をあげた。そして、少女の姿となってはいい乳も何もない小学5年生くらいにしては大きな胸だなぁくらいの胸を見せつけながら俺の方を見た。
「ほほう、魔法少女ですかぃ?あぁ~、魔法少女とは違うんですよ」
どうやら魔法少女ではないらしい。じゃあ、何だよ?魔法痴女か?なんてことを考えながら、俺は、紫炎の部屋のベッドに腰をかけた。
「てか、愛藤愛美って人知りません?」
愛藤……?気のせいか、その苗字なら聞いたことが有るような気がするな……。どこで聞いたんだろうか。確か、少し前。
「ああ、愛藤って苗字なら母さんから聞いたことがあるな。親父の知り合いの一人だとか。名前までは知らんが」
しかし、愛藤って珍しい苗字だよな。だとしたら同一人物の可能性もあるが……。
「ふむ、もしかしたら愛美ちゃんかも知れないってことですね。ったく仕事サボってる最高責任者ってのは本当に……」
しかし、何者なのだろうか、その愛藤愛美と言う人物は。口ぶりからすると何かの最高責任者、つまり最高経営責任者、CEOなのだろう。少女とも高校生ともとれる妙な存在のタケルとそんなお偉いにどんな接点があるのかはよくわからない。
おそらく、その愛藤愛美の部下であるタケルが愛藤愛美を捜しにきたのだろうけど。しかし、先ほどは「マナカっち」と称していたわけで、最高責任者が2人いるのか、はたまた、マナカっち=愛藤愛美なのかは分からないが、どちらも最高責任者という解釈でいいのだろうか?
「マナカ・I・シューティスター。全ての愛を司る勝利と栄光の使者。まあ、その人こそ愛藤愛美なんだけどね。キリハっちやシューゼルっち、それにボクとは同期ですから」
なにやらおかしな集団があるらしい。まあ、その辺はどうでもいいんだが。それより紫炎はどうしてるんだ?修学旅行の初日の夜は、紫炎の家に行く約束だったと思うのだが。
「同期ねぇ……。なあ、それよりも紫炎を知らないか?紫炎をたずねてここに来たんだが?」
俺は話を無理やり切って、紫炎のことをたずねた。するとタケルは暫し悩んでから、ポンと手を打った。
「ああ、明津灘っちね。さっき、飲み物を買いに行ったんですよ」
何だ、紫炎は飲み物を買いに行っていたのか。タイミングがずれたな……。まあいい。ここでしばらく紫炎を待つとするか。
「じゃあ、紫炎を待たせてもらうとするよ。大丈夫だよな」
俺はタケルに確認を取った。するとあっさりとタケルは返事をする。
「あっと、いいですよっと」
タケルはそういいつつ自分が使うのであろうベッドに寝転んだ。ほぼ全裸なので俺に大事な部分が丸見えだ。
「少しは隠そうとか思わないのか?」
俺がタケルにそうやって問いかけると、タケルは、「ニッシッシー」と、妙な笑い声を出した。
「実のことを言うと、そうやって見えているのは兄ちゃんだけです」
は?そうやって見えているのが俺だけ?それってどういう意味だ?
「ボクは、空美タケル。またの名を魔法童女∥たるとぱい。そして、バンキッシュ・V・ヴァルヴァディア。幻惑と幻想、そして、色香の魔法を得意とした魔法童女さ!」
魔法少女じゃねぇかっ!いや、魔法童女?
「何だよ、魔法童女って」
俺の問いかけに、タケルこと魔法童女さんが答えてくれる。
「魔法を使う童女、それが魔法童女さ!」
魔法少女じゃねぇかっ!童女、少女、幼女、この辺もちゃんと別れているってことか?細かいな、おい。
「じゃあ、魔法を使う少女が魔法少女なのか?」
そんなことを聞いてみた。と言うか、幻惑と幻想、そして色香の魔法が得意ってことは、今俺が見ている少女は、幻覚ってことか?まあ、なら裸でも納得だな。
「その通り。そして、ボクの本当の姿こそ、兄ちゃんがさっきから見てるこの小学生の体。幻覚は高校生のボインな姿さ!」
……あれ?って、裸の方が本物じゃねぇか!
「マジで全裸マントじゃねぇか!服着ろ魔法童女!」
てか、何で幻覚を解除した!
「ああ、言っとくけど幻覚はボクの【力場】が持つ限り常時展開して有るから幻覚は解いてないよ」
っと?幻覚は解いてないって、現に俺には見えてるじゃないか。どういうことだよ?訳がわからん。
「えっと、兄ちゃんは、無意識に【力場】を無効化かしてるみたいですね。てことは兄ちゃんも魔法少女?」
失礼な。
「俺は男だよ。魔法少年ならまだしも魔法少女はないっての」
まあ、魔法少年ではないんだがな。そもそも力場ってなんだよ?よく分からないんだが……。
「この【戦闘力場】……。兄ちゃんって何者?ボク等のクラスアップなみの力を秘めてるんじゃないですかぃ?」
言ってることは意味不明だ。てか、紫炎はまだ飲み物買いにいってるのか。早く帰ってこないかな。
「力場ってのは、まあ、戦闘力とかってことでいいのか?」
俺はなるべく無難な話で、紫炎が帰ってくるまでの時間を稼ぐことにした。まあ、力場が何か気になっていたのもあるんだがな。
「う~ん、【力場】って言ってもいろいろあるんですよ。【黒い力場】とか【白い力場】とか【蒼い力場】とか【紅い力場】とか【金色の力場】なんてもありますし。【金】に関しては完全に【黄金の炎柱】だけのものですけど」
メタトロン?大天使メタトロンのことだろうか。天使の名前がこんなところで出てくるってのはどういう意味だ?メタトロンが実在するってことか?
「おっと、ボクは、ちょっと留守にしますから、明津灘っちが帰ってきたらよろしくお願いします。鍵はボクが持っているので、もし外に出て帰ってきたときに開いてなかったらボクを探してください」
ここの旅館の部屋は全てオートロックだ。それゆえに、鍵を持たずに出ると、受付に事情を説明しマスターキーであけてもらわなくてはならないのだ。
「それでは!」
そういうや否や、全裸マントの少女、空美タケルは姿を消した。
そう、このときは、まったく気にしていなかったのだ。彼女たち、MSが後に俺や姉さんと関係を持つことになるとも知らずに。そして、愛藤愛美と父さん、そして、生徒会を巻き込んだ、あの騒動の引き金になるとも知らずに。
紫炎が帰ってきたのは、それから20分後くらいだった。