74話:シャワーSIDE.D
あたしは、はやてがバスルームに入ると同時に紳司に電話をかけたわ。もちろん、無料通話ね。
……でない。
紳司があたしからの通話にでない。珍しいこともあるもんね。普段なら、ワンコールででるんだけど……。風呂ってか、シャワーだけど、シャワー浴びてるとかかしら?それとも、同室の花月ちゃんとイチャコラやってんのかしら?
……ありえそうだけど、どうかしら?
まあ、花月ちゃんは真面目っぽいお子様感があったけど、実際、あーいう子ほど本気になったらなにやらかすか分かったもんじゃないのよ。まあ、そのあと冷静になって、何てことをしたんだーって苦悩する落ちがついてくるけど。
紳司って割りとロリコンなところがあるのよ。まあ、巨乳なお姉さん系も好きだけど。てか、女全般、美人なら何でもいける子だから、花月ちゃんならパクッといってもおかしくないわね。
まあ、お楽しみの最中だったらあれだから、もう30分くらいしたら電話をかけなおしましょうか。
そう思ってあたしが寝転ぶと、部屋の入り口のところに、なにやら強大な何かを感じ取ったわ。市原家の気配ではなく、別の。
「ったく、誰?」
特にあたしに用が有るわけではないのだろうし、部屋の前を通り過ぎてるみたいだから心配はないでしょうけど、一応見ておこうかしら?
あたしは、気配を殺しながら、部屋の入り口へと近づき、そっと開けてみる。そして、そこにいたのは……、女?
茶髪のあたしと同い年くらいの女だったわ。まあ、ここにいるってことは教師か、はたまた、生徒の可能性が高いのだから分からない話ではないのでしょけど。
「……これは驚いた」
あたしの中で、グラムがそう声を漏らした。どうやら、グラムが知っている相手らしいわね。
(誰なのよ)
あたしがグラムに問いかけると、グラムは、唸るようにキンキン音を鳴らしながら答えたわ。
「お前にも前に名前を出したはずだが」
そんな風に。あたしがグラムから聞いているのは結構な数いるんだけど……。と、そこで、あたしの思考回路が今朝の出来事と繋がったのよ。
今朝、東京駅で《終焉の少女》マリア・ルーンヘクサに言われたのよね。京都にはナナホシ=カナもいるって。しかも学生としてってことは。
(あれがナナホシ=カナね)
見たところ普通の学生よね。ただし、放っている雰囲気や纏っている闘気に聖気が一般人からかけ離れているけど。まるで、歴戦の騎士と対面している感じ。
(ちょっと声をかけてみようかしら?)
あたしはそう覚悟を決めて、ドアを開けて外に出る。そして、そのナナホシ=カナが音に反応して振り返った瞬間、あたしは全身に、溢れんばかりの聖気を食らって寒気がしたのよ。
「ああ、ちょうどよかったですよ。すみませんが建物のつくりがよく分からないのですが、ここは何階でしょうか?」
ナナホシ=カナは自分が聖気を放っていることにも気づいてないんでしょうね。ったく、こりゃ天性のモンかしら?
「ここは6階よ」
あたしは、ナナホシ=カナにそう教えてあげる。嫌ねぇ、聖気って。
ああ、そういえば、聖気について説明ってのをしてなかったわね。ちょっくら長い話になるんだけど。
聖気ってのは、《聖》の力を宿した存在が放つ力で、瘴気に反発するもの。強くこれを放っているものは瘴気によるダメージや精神汚染を受けなくなるのよ。《神性》が強いと同時に《聖香》を纏い、周りを浄化する香りを放っていくんだけど、それが強ければ強いほど、比例して聖気も増すのよ。
数多の神々から多大なる《神性》を託された《聖騎士》であるナナホシ=カナは異常なほどの聖気を常時纏っているのよね。他にもその恩恵で闘気が常人を超越していたり、身体能力が化け物レベルだったり、異常な存在になっているらしいわ。
まあ、全部グラムが言っていただけなんだけどね。
「そうですか。じゃあ、もう1階上ですね」
そんなふうに言って階段の方へ向かうナナホシ=カナに対して、あたしは少し確認の意味をこめて聞いてみる。
「それにしても《聖騎士》が修学旅行とはね」
あたしの言葉に、ナナホシ=カナは振り向いた。そして、構えるように、腰元に手をやる。
「貴方、何者?」
ナナホシ=カナの問いかけに、あたしは、瞬時に黒のドレス姿へと変わる。《黒刃の死神》の付随能力よ。
「刃神を宿した者、ね。と言うことは、青葉紳司、といいましたか?彼の姉で、マリア・ルーンヘクサとも直接の面識があるとか」
なるほど、紳司のことは知ってるのね?まあ、もう1階上は三鷹丘学園の生徒が宿泊してるんだから、紳司と同じ学校の生徒なら面識があってもおかしくないわね。
「ええ、そうよ。よろしくね。ナナホシ=カナさん」
あたしのその言葉に、ナナホシ=カナは握手もせずに、くるりと踵を返して階段を上の階へと向かった。中々に感じが悪い女ね。
まあ、そんな一幕を繰り広げつつ、はやてがシャワーを終えて出てきたわ。ふむ、そろそろ頃合だから電話しようかしら?
「あれ、暗音ちゃん、まだシャンプーを届けてもらってないの?」
はやてがそんな風に聞いてきたので、あたしは、仕方なく、もう一度紳司に電話をしたわ。待つこと暫し……。
「あ、もしもし?」
どうやら、繋がったらしいわね。電話越しに紳司が、少し気だるそうな声であたしに言う。
『もしもし、姉さん。どうしたんだよ?』
紳司は、本当に楽しんでいたみたいね……。紳司と女の子を同室にさせるなんて、学校は何を考えているのかしら?
「お楽しみ中悪いわね。あんたのバッグにあたしのシャンプーとか入ってたでしょ?606号室まで届けてくんない?」
そんな風に言うと、紳司が電話の向こうで慌てているのが分かったわ。てか、マジで楽しんでたのね?ガチなのね?
『た、たた、楽しんでねぇしっ!』
……あたしの弟ってこんなんだったっけ?てか、こないだの金髪といい、紳司の周りは、紳司を食う奴ばっかなのかしら?
『あっ、いや、静巴。お前といるのを楽しんでなかったわけじゃないって……。うん、楽しかったって。だから、』
しかも電話の向こうで何か紳司が弁解を始めているし。まあ、そんなことよりシャンプーが欲しいんだけど。
「ちょっと、紳司。シャンプーは?」
あたしが催促をするけど、紳司からの返事はない。……。どうやら、花月ちゃんと話をしているようね。
「ダメだ、こりゃ」
あたしは、そんな風に呟いて、スマホをスピーカー状態にしてベッドの上に放り投げた。すると電話の向こうの紳司たちの声が聞こえる。
『いや、だからさぁ。なんて言うんだろ。雰囲気?雰囲気が大事じゃん?今のもシャワーから流れに流されている感じもあったしさ』
どうやら、流れでいい雰囲気になってたみたいで、それをあたしの電話がぶち破ったようね。ナイス、あたし!
『いえ、ですけどね……。というか、この流れで電話に出るほうがおかしいんじゃないでしょうか』
拗ねたような少女の声……。これは、花月ちゃんね。
『まあ、姉さんからの電話だったし』
紳司のしぼむような声。
『青葉君は、お姉さんからの電話だったらどんなときでも取るんですか?』
花月ちゃんの静かな怒声。呆れ半分、怒り半分って感じよね。てか、まあ、紳司は大抵、あたしの電話にはでるのよ。
『まあ、出れるときは出るな。だって、姉さん相手だし』
もはやパブロフの犬ね。条件反射で電話に出ちゃうのよ。
『パブロフの犬ですかっ!と言うか、パブロフの犬ですらもう少しまともな判断が出来るでしょう!』
酷い言い草ね。まあ、あたしも同じこと思ってたんだけどね。まあ、花月ちゃんもカンカンね。
「暗音ちゃん。これ、盗み聞きじゃないの?」
盗み聞きって失礼な。向こうが勝手に垂れ流してんのよ。
『おいおい、パブロフの犬って……。まあ、あながち間違ってないのが何とも言えんが』
口論はまだまだ続く。
ねぇ、これって、あたし、いつになったらシャワー浴びれんの?
結局あたしがシャワーを浴びたのはそれから42分後だったわ。
また数日空いてしまいました。え~、学生にはテストというものがございまして。
今週に突如1回。そして来週もテストです。またも更新が……。えと、まあ、その申し訳ございません。