07話:会長と副会長
母さんは、俺と姉さんが風呂場で、まあ、あんなことやこんなことをしていたと誤解したらしい。流石に酷い誤解だった。母さんは時々、妙に先走った勘違いをすることがある。父さん曰く、昔かららしい。
「一緒にシャワー浴びただけだ」
「一緒にシャワー浴びただけよ」
双子ながらに、俺と姉さんは、ほとんど同じタイミングで、同じようなことを言った。母さんは、それを聞いてホッとする。
「あ、一緒にシャワー浴びただけですか……、何だ、驚かさないでくださいよ」
ホッと一息ついて、母さんは、朝食を作りにキッチンへ向かおうとして、動きが止まった。
「ん?……一緒にシャワー、ですか?」
母さんの目が点になった。暫し、パチクリとまばたきを繰り返し、振り返った。
「一緒に、シャワーを、浴びたん、ですか?」
自分で自分の言っていることを確認するように母さんは、言葉を区切り区切り言った。
「「浴びたよ」」
俺と姉さんは同じことを言った。悪びれることなく言った。
「は、裸で?」
母さんの少々動揺した声。
「もちろん」
「シャワー浴びるのに服着てどーすんの?」
俺と姉さんの答えを聞いて、母さんは、ポカンと口を開けたままだ。
「あの、紳司君、暗音さん、今、いくつでしたっけ?」
母さんがボケたか……。
「「17」」
額に手を当てる母さん。なにやら主婦っぽい仕草だ。
「あのですね……。世間一般では、17歳で姉弟は一緒にお風呂に入ったりしないんですよ」
まあ、そうだろうな。たぶん、そうなのだろう。ただ、特に気にしないが。
「そんなことよりご飯まだ?」
姉さんは空気を読まずに母さんに言った。
「はぁ……。はい、分かりました。作りますから少し待っていてください。暗音さんは、服を着ておいてくださいね。まったく……こういうところは父親似なんですから」
溜息交じりに母さんは、キッチンへと向かっていった。
「姉さん、俺、気になってたんだけどさ」
「なによ」
俺は、母さんが行ったのを確認してから何気なく姉さんに気になったことを確認することにした。
「下着って、上下で違う柄のこともあるんだな」
姉さんは、違う柄っつーより、もはや絶対セットではない下着を着用していた。パンツは明記したように、フリルがあしらわれた可愛い系のパンツだ。色はピンク。しかし、ブラは、緑と白の縞々だった。
「ん?別に見せるわけじゃないし、そんなもんよ」
そんなもんらしい。あまり気にしないのか。何か、こう、男としては、微妙に萎えるんだが……。
「あとは、サニタリーとかで、なかなかセットで可愛いのがないからパンツだけサニタリーで、ブラは見せブラとかね」
サニタリー?何だろう、サニタリーって。……暫し考えたが、あれか、生理用か。ちなみに本来のサニタリーの意味としては「水回りの衛生」である。
と言うかさっきからパンツやらブラやらの話ばかりだが、大丈夫なのだろうか、いろんな意味で。
「ふぅん、女子って大変なんだな」
俺は、適当な言葉を返し、母さんを追うようにキッチンに併設されたリビングに向かう。そして、朝食が出来るのを待つのだった。
俺は学園に登校中、生徒会長を見かけた。ふと、ここで俺は思った。生徒会長も上下で違う下着を着けていたりするのか、と。いや、ね。姉さんとあんな話をした後だったからつい……。
ここで、簡単に生徒会長の容姿について見てみよう。
会長、市原先輩。市原裕音先輩だ。
鮮やかな黒髪を腰元まで伸ばして、前髪を切りそろえている古風な雰囲気を持っている。大きな目は、黒い大きな瞳とそれを縁取るように長く伸びた睫毛によってより大きく見える。
整った顔立ち、と言うより、整いすぎた顔立ちは、人形のようで、……その髪色と相まって日本人形の様である。
その出は、京都の旧家と聞くし、まさに大和撫子だ。
「あら、確か……」
ユノン先輩が、俺の方を見た。
「確か、青葉紳司君だったわよね?」
俺に、そう話しかけてきた。びっくりしなかった。まあ、今日から生徒会に入ることになっているし、向こうが知っててもおかしくないだろう。
「はい、そうです。貴女は市原先輩ですよね」
俺は、ユノン先輩に微笑んだ。すると、ユノン先輩は、俺から目を逸らしてしまった。何か気に障ったのだろうか、心なしか、顔も赤い気がする。
「え、ええ。し、知っていてくれたのね」
それは、まあ、生徒会長の名前くらい把握している。むしろ、たかだか生徒会に入るだけの、一介の一般生徒を記憶してくれている方が凄いだろう。
「それはお互い様ですし」
俺がそういうと、意外そうな顔で俺のことを見てくる。何だ?
「知らないの?生徒会長の名前を知らない生徒はいても、貴方のことを知らない生徒は、きっとウチの学園にはいないと思うわよ?」
何を言っているんだろうか?お世辞か?むしろ、この会長のことを知らない、ウチの生徒はいないと思う。
「何を言っているんですか。美人会長だって評判ですよ?」
お世辞だ。いや、世辞じゃなく、事実だが。このタイミングで言うと非常に世辞っぽくなってしまった。
「び、美人……?」
お世辞を言ったから怒っているのだろうか。顔が真っ赤になっている。
いや、普通にテレてるだけか。照れる様子も綺麗だな。
「ねぇ、あれ、あれ見て」
そのとき、他の登校中の女子生徒が俺と会長の方を見てなにやら騒ぎ出す。一体何事だ。
「わぁ……、あれよくない?」
「あの組み合わせは、……ありね」
「さすがに高嶺の花だもんね、あたしらじゃ」
なにやらよく分からない話をしているらしい。しかし、まあ、俺は、あまり騒がれるのが好きではないんだが……。
「やっほ~い、ユノン!」
そんな時、ユノン先輩にぶつかるような勢いでファルファム先輩が突撃してきた。
ミュラー・ディ・ファルファム先輩。金髪美少女!なんといってもこれが一番!
金髪の癖っ毛は、肩の辺りでくるくると軽くねじれている。実はあれ、キチンとカールで巻いてくるくるとしているらしい。癖っ毛でもなんでもない。
と、そんな髪型をイメージさせるとお嬢様っぽいイメージになるかも知れないが、特にそんなことはなく、むしろテンションが高い普通の女子高生って感じである。
目は、珍しい赤色だ。でも、静巴の紅とは違って、どこか赤黒い、なんて言うとなかなかに良いイメージにならないけど、綺麗な赤黒い瞳だ。それこそ、禍々しい深紅のような色合い。
そして、際立つのは、大きな胸だ。身体のプロポーションもいい。脚が長い。その辺が、やっぱり外人だな~、と思わされるところだ。
「もぉ~、ミュラー、やめてよ!」
生徒会の会長、副会長なので、それなりに仲がいいのだろう。じゃれ合う二人。しかし、加減を間違えたユノン先輩が少し強くファルファム先輩を突き飛ばした。
「うにょ?」
「あっ!」
ファルファム先輩は、そのまま足を滑らせ、地面へと落ちるように倒れる。あのまま打ちつけられれば、打ち所が悪かったら……。
「大丈夫ですか」
俺は、無意識のうちに、ファルファム先輩の背へ右手を回し、身体を抱きかかえるように支えてあげていた。
「あ、あんがと」
流石に往来で 抱きとめるのは恥ずかしいか。まあ、俺も恥ずかしいんだが……。
「いえ、どうってことはありませんよ。ファルファム先輩」
俺は、一応微笑みかけておく。恥ずかしいから照れ隠しのようなものだ。微笑んだからと言って、どうにかなるわけではないが、一応な。
「……ぇう」
しかし、微笑んだら、ちょっとは踏ん張っていたファルファム先輩の力が一気に抜けてしまった。正直重い。
「ちょっと失礼しますよ」
さすがに重すぎたので、俺は、ファルファム先輩の柔らかそうなお腹に左手を添えて、背に添えていた右手に力を入れて起き上がらせる。
念のために心の中で言い訳をするが、ファルファム先輩は、女性にしては軽いほうだと思う。少なくとも標準体重と同じか、それ以下だと思う。むしろ、これだけ胸が大きくてこの体重だと言うのが信じられないくらいだ。
「先輩が軽くて助かりました。あのままだったら頭を打ち付けていたかもしれませんから気をつけてくださいよ」
俺は、そう言って、ファルファム先輩がきちんと立ち上がったのを確認すると、教室へ向かって歩き出した。