67話:ロビーSIDE.GOD
俺は、ロビーの入り口で姉さんと別れるとウチの学校の生徒が集まっている方向へ向かう。ていうか、だいぶこっそり抜け出してきたけど大丈夫か?秋世辺りが怒っていそうだが……。って、あそこにいるのは桜麻先生じゃないか?あー、俺を捜しに来たパターンか……。
俺は、気配を殺して桜麻先生をやり過ごそうかと思ったが、やめた。
桜麻先生とは、秋世の前の俺のクラス担任で、桜麻由梨果先生だ。自称36歳。既婚、未婚は知らないが、前に左手の薬指に指輪の跡が残っていたので一度は結婚しているのだろう。
なお、自称36歳、と書いたのは、そうは見えないからであって、秋世ほどではないが若く見える。20代の後半がいいところだろうか?
甘栗色の髪と青みがかった瞳が特徴で、所作が丁寧で、どこかの令嬢じゃないか、と噂が立つほどだった。俺としては、どちらかと言うと使用人と言うかそう言った感じの雰囲気がにじみ出ていたので、良家でメイドか何かをやっていたのか、そう言った専門学校を出ているのか、どちらかじゃないかと思っていたんだが。
今も、誰かを捜すようには見えないが、確かに視線と気配で誰かを探知しているようだ。なるほど、屋敷の中で何かがなくなって、捜しているときに誰かに悟られるわけにはいかないだろうし、そう言った配慮の行き届いた捜索の仕方だろう。
この場合は、ホテルの従業員に悟られないようにするため、だが。
それにしても、視線もほとんど動いていないように見える。よく出来た人だな……。
気配を消したまま桜麻先生の背後に立ち、未だに気配で俺を捜している先生に声をかけた。
「桜麻先生」
俺が声をかけると桜麻先生は、年に似合わぬ少女の様な声を上げた。
「きゃっ」
慌てて振り向いた桜麻先生は、かなり驚いていて、一瞬目を丸くしたが、すぐにいつもの顔に戻った。
「すみません、取り乱しました」
そう言って謝る先生。ははっ、何を言うか。あの程度で取り乱しているのだったら秋世なんて常に取り乱しっぱなしだ。
「それにしても青葉君は、存在感が薄いですね……。いえ、意図的に薄くするのが上手いのですね」
ふむ、気配を消していたのがばれたようだ。俺は、気配を戻しつつ、桜麻先生と会話を続ける。
「いや、俺なんてまだまだですよ。姉さんはもっと上手いし、それに消すのではなく偽らないと、そこだけ何もない空間が生まれて、察知が上手い人には逆にバレますしね。その点、姉さんの知り合いの不知火覇紋と言う人の侍女の占夏十月って人はとっても気配を馴染ませるのが得意みたいですしね」
俺がそう言うと、桜麻先生が突如、少し顔をしかめてから懐かしげな顔をした。どうやら、不知火家と言うのに関係があるらしい。
「そうですか……。坊ちゃまの下にいる気配を馴染ませる侍女……。もしかして……」
ブツブツと呟く。なにやら、桜麻先生の過去と関係のあるようだが、今は、特に言及している場合じゃないので、気にしないことにしよう。
「そう言えば、桜麻先生は《古具》使いでしたよね?」
あえて、「桜麻先生は」などと言ったのは、自分がまだ《古具》に目覚めていないと秋世たちが思っていることを踏まえてである。
「ええ、そうですが。青葉君はまだ目覚めていないんですよね?」
なるほど、と言うことは秋世から話は聞いているってことか。だったら、「も」でもよかったか?その場合、秋世もそうだけど桜麻先生も《古具》使いでしたよね?と言う文になるが。まあ、その場合はいろいろ面倒なので、どうでもいいか。
「まあ、俺の話はいいんですが……。表で怪しい3人を見かけまして、それを見てたら列にはぐれた感じです。俺が思うに、おそらく会長の言っていた市原家の長男、長女、三女だと思うんですが」
俺の言葉に、桜麻先生が目を見開いた。
「その3人は?」
「もう既に逃走しました。追うことも考えましたが、俺では不可能だと思い引いてきたんです」
俺がそういうと、桜麻先生は暫し沈黙し、そして言った。
「ええ、分かりました。それではこちらでも警戒をしておきましょう。自分を含め、この場で襲われる可能性のある人物は大体予測がついていますし」
おそらく、俺、静巴、秋世、紫炎、桜麻先生ってメンツなんだろう。しかし、この場には他にも襲われる可能性のある人物がいる。
「念のために、それ以外の人物の方も気をつけたほうがいいかもしれませんね。こちらで把握してないだけで、他にも《古具》使いがいるかもしれませんし。もし、一般人が巻き込まれるようなことになったら大変ですからね」
俺は、あくまで七星佳奈や姉さん、鷹月輝のことは出さずにそう言った。まあ、後半の一般人云々は本心でもある。
「そうですね、了解しました。その他の処理はこちらでまかないますので、青葉君はクラスの方へ合流してください。おそらく今から部屋へと移動する頃だと思いますので」
なるほど、ロビーでの集会は終わってしまったのか。まあ、いい。とっとと部屋へ移動したいしな。
「分かりました。では」
俺はそう言って、桜麻先生にお辞儀をする。桜麻先生は私服のスカートの裾を持ち上げ礼をした。まるでメイド、だな。
俺がこっそりと集合場所に向かうと、ちょうど部屋ごとに分かれるところだったのか、相部屋の人が揃ったものから部屋に向かっているらしい。壁に寄りかかって、俺を待っているであろう静巴のところにこっそり近寄った。
「悪いな。待たせた」
俺がそうやって声をかける。ぼけーっとしていた静巴は、急に声をかけられたせいで驚いたらしい。
「ビックリしました。いつの間にいたんです?」
そう言って俺の方を見る静巴。俺は、ポリポリと頬を掻きながら、静巴の質問に答える。
「いや、今来たところ……って何かデートの待ち合わせみたいなやりとりだな」
俺がそういうと静巴は照れたように頬を染めた。まあ、確かに恥ずかしいやり取りだったな……。
「何か恋人同士みたいでこそばゆいな」
俺がそう言うと、静巴もそう思っていたのか、こくりと頷いてからモジモジしながら言った。
「でも、嫌じゃないですよ?」
へぇ……、やっぱり静巴も女の子だな。こういったシチュエーションは好みらしい。まあ、静巴らしいといえば静巴らしいか。秋世も、あれでああ見えてこういうのに憧れを抱いているタイプだろうし。
「俺も嫌ではないな」
姉さんのよく読んでいるような少女マンガなどでよくあるし、割りとデート前の高揚感と落ち着かなさが出ているシチュエーションだ。
念のために言うが、あれで姉さんは少女マンガを読むんだぞ?少年漫画も読むけど……。あとラノベも。
なぜか静巴が俺の言葉で頬を染めていた。なんだろうか、俺と趣味が合ったことが嬉しかったのだろうか?
「さて、と。じゃあ、部屋に行くか」
俺は静巴の荷物を持ち、静巴に行くように促す。ちなみに、静巴の荷物を持ったのは、遅れてしまった償いと静巴が女の子だから、と言う2つの理由からである。
「って、ちょっと待ちなさい。紳司君、いつの間に……」
秋世が目敏く俺を見つけ、近寄ってきた。しかし、説明するのも面倒だしな……。ふむ、簡潔に済ませようか。
「秋世、詳しい話は桜麻先生から聞いてくれ。俺は早く部屋で休みたいんだ」
そう言ってから思い出す、姉さんが先の戦闘で非常に派手に暴れたのを。……そういえば、俺って《古具》すら出してなかった気がするんだが……。
「ああ、そうだ。駐車場にクレーターできてるからどうにかしておいてくれ」
姉さんが《古具》で作ったクレーターのことだ。俺が作ったわけではないが、面倒だし処理を頼んでおこう。
「はぁ?クレーター?」
秋世がわけの分からなさそうな顔をするが事実なので俺にはどうしようもない。あと文句は俺に言わないで欲しい。
「何が起きたのよ?」
……、だから何があったかは桜麻先生から聞いてくれ、と言っているのに。学習能力がないのか?
「何よ、その、こいつ学習する力が欠如しているんじゃないか?的な目は!」
心を読んだかのような反応は相変わらずだな。マジで心が読まれているわけじゃあなさそうだけど、何なんだろうな。
「そこまで酷いことを思っているわけではないが……。まあいい。簡単に説明すると、例の市原家の人間が現れたってだけさ」
ものすごく簡潔に説明した。そのため、3人とも現れたのか、誰か1人だったのか2人だったのか、その辺が全て分からなくなっている。あと姉さんのことも。まあ、わざわざ身内の暴走談をする必要も有るまいし、クレーターは市原家の責任ってことにしておこう。
「なるほど、紳司君を狙ってきたわけね?」
俺を狙ってきたってのとはちょっと違ったよな?その辺がこじれても面倒だし、そこは説明しておくか。
「いや、何か、割りと適当に狙っているっぽかったぞ?『俺達に気づくとはやるな、さては《古具》使いだな?』みたいな感じだ」
大雑把過ぎる気がするが大体あってると思う。
「いや、それって一般人巻き込んじゃわない?」
秋世が言う。だが、俺は嘘は言っていないだろう。
「しかし、ほとんど事実だぞ」
とりあえず伝えるべきことは言ったので、俺は静巴を連れて、7階へと向かう。
えっと……、俺と静巴の部屋は706号室だったな。
また1日空けてしまった……。申し訳ありません。